山田正紀著『翼とざして アリスの国の不思議』カッパ・ノベルス、2006.05
この欄ではおなじみの山田正紀による新書書き下ろし長編。この秋刊行という『サスペンス・ロード(仮題) アリスの国の鏡』と2冊でワン・セットになる予定の作品で、ジャンル的には本格ミステリに一応入れられる、と思う。ちょっとでも余計なことを書くとネタバレになりそうなので中身についてはごく簡単に。
時代的には1970年代初頭辺りで、青年右翼団体7人が国際政治の狭間に揺れる南海の孤島・鳥迷(とりまよい)島に上陸し、何事かを成し遂げよう、というような舞台設定となる。そんな中、惨劇が立て続けに起こり、やがて話はとんでもない方向へ、という次第。
さてさて、本書の特徴はその文体というか語り口にある。アイデンティティが崩壊しているかに見える主人公らしき人物の一人称の語りと、この作家が得意とする問題を先送り先送りにする独特の文体が相俟って、実に見事なテイストを醸し出すことに成功している。作家本人が「おもしろい作品になっていると思います。」と述べている通りの大変面白い作品なので是非一読のほど。以上。(2006/06/14)
藤木稟著『殉教者は月に舞う 十二宮探偵朱雀 蟹座(キャンサー)』カッパ・ノベルス、2005.04
これまたこの欄ではおなじみの藤木稟による新書書き下ろし長編。これまでに書かれた一連の「朱雀もの」の登場人物達からはかなり後の世代の、現在から見れば若干未来を時代設定とした新シリーズの第1弾ということになる。「十二宮探偵朱雀 蟹座」という副題から分かる通り、12冊刊行されることになるのだろう。
東京湾内に浮かぶ研究島で起こった惨劇の謎に、警視庁捜査一課の柏木サクラ、俳優の朱雀十夜、その双子の兄朱雀十八らが挑む、というお話。研究島の住民がなかなかエキセントリックでマッド・サイエンティスト揃いなところなど、森博嗣や瀬名秀明、あるいは大塚英志にも通じる舞台設定は実に楽しい。
それはそうなのだが、ミステリとしての出来具合はさほど良いものとは言えず、やや唐突で取って付けた感じの犯人指名には興ざめしたところでもある。まあ、このシリーズはサクラ・十夜・十八を主人公とするキャラクタ小説として企画されている模様なので、本格ミステリとしての合理性や緻密さは二の次に考えられているのかも知れない。ちなみに例えば森博嗣はそこまでやっていると思うのだが…。以上。(2006/06/18)
舞城王太郎著『山ん中の獅見朋成雄(シミトモ・ナルオ)』講談社ノベルス、2005.12(2003)
ご存じ舞城王太郎による純文学長編。この人の作品でおなじみの架空の町、福井県は西暁(にしあかつき)とその周辺の山中を舞台とする、背中に鬣(たてがみ)のような毛を生やした俊足を誇る中学生を主人公とした何とも数奇な物語である。
この作家の作品にこれまでのところは常に存在している暴力の要素は多分にあってもエロスの香りはさほど濃厚ではないこの作品だけれど(そうではない、という読み方も可能ではあるが…)、基本的に童話や民話・伝説の類(たぐい)に近い物語構造を持っていて、その実読み進めながら宮沢賢治の作品を思い浮かべていた次第。
さてさて、そういう物語構造上の面白みもあるのだが、この作品において最も重要なのは、主人公が習う書道で使う墨を擦る音、及び後半に出てくる「ある音」の文字を用いた表現だろう。そういえば、宮沢賢治という詩人・作家にもそういう擬音=オノマトペの表現には独特なものがあった。毎度おなじみの疾風怒濤のような文体にも実は賢治を彷彿とさせるものがあることに今更ながら気付かされたりしたわけで、「ふむふむ、この人、平成の賢治だったり」などと独りごちたのだった。以上。(2006/06/25)