森博嗣著『もえない Incombustibles』カドカワエンタテインメント、2008.12(2007)

森博嗣による、特定のシリーズに属さない単独長編の新書版である。単行本は2007年刊。カヴァのイラストはささきすばるが担当している。
クラスメイトである杉山友也が死に、僕の名前を彫り込んだ金属製のネームプレートと手紙が遺される。手紙には「友人の姫野に、山岸小夜子という女と関わらないよう伝えてほしい」という謎の伝言が書かれていた。その山岸も死んでしまい、姫野と一緒に調査を開始した僕は、やがてある時期からの記憶が曖昧であることに気づき始めるのだったが…、というお話。
青春ミステリである。小品ではあるけれど、さすがにクオリティは高い。シリーズものでは使いきれないほどのアイディアを大量にため込んでいそう、と、ふと考えた。相変わらず物凄いペースで作品を書いているけれど、それでも間に合わないくらい色々思いついてしまうんだろうな、などと。そんな凄い作家による、渋めの一冊である。以上。(2009/01/10)

藤木稟著『探偵朱雀十五 化身』徳間ノヴェルス、2008.09

私にとっては京極夏彦と並び称したいほど博覧強記な作家・藤木稟による、『暗闇神事 猿神の舞い』以来およそ3年ぶりの刊行となった「朱雀十五」もの長編。といって、当の前作も前々作『夢魔の棲まう処』すらも読んでいないのに今頃気付いて取り寄せようかどうか迷ってしまうほどこのシリーズはちょっと忘却気味であった。その実クオリティは極めて高いのだけれど。
今作の時代設定は昭和8年から9年にかけてという、日本が戦争に向って邁進し始めてしまった時期にあたる。朱雀はまだ若干23歳で、最高裁判所の検事という肩書きを持っている。戦争の10年へと向かうそうした時期を背景に、北陸の舞鶴周辺に位置するとある集落を舞台として、あたかも同村で祀られている砥筍貢(とすく)神の祟りでもあるかのような怪奇な事件の連鎖とその顛末が描かれていく。
実にさりげなく出版されたものだけれど、非常に密度の濃い、民俗学等々の蘊蓄を豊富に含みつつ、あの時代を活写した傑作であると思う。勿論、同シリーズを読んできたものにとっては、これまで明かされていなかった様々な事実が書き込まれていることに重大な意味を読み取らざるを得ないだろう。誤字脱字その他の多さにはやや閉口したのではあるが、なんだかんだと言ってこの作家による作品のご多分に漏れず大変有意義な読書時間を過ごさせていただいた次第。以上。(2009/01/26)