村上龍著『歌うクジラ 上・下』講談社、2010.10

昨年の7月に電子書籍としても出版された、村上龍による実に約4年ぶりの書き下ろし長編の単行本版。電子書籍版についての情報は『歌うクジラ on WEB』に出ているので是非ご覧頂きたい。正直、本を読んでしまって、何となくがっかりしてしまい、これなら敢えて電子書籍だったかも、などと思った次第。それはさておき、ざっと要約を。
21世紀の初頭にグレゴリオ聖歌の旋律を繰り返し歌い続けるザトウクジラが発見され、調査の結果1,400年を超える年を生きていることが判明。そのクジラの遺伝子解析により、人類は不老不死を可能にするテクノロジーを手にすることとなった。
100年余りが経ち、時は22世紀。それは「棲み分け」による「理想社会」が到来した時代。最下層の「新出島」に住む、既に廃れてしまった敬語が使える15歳の少年タナカアキラは、処刑された父親により体内に不老不死遺伝子に関する極秘情報を記録したチップを埋め込まれ、それを届けるべく最上層に住むある人物に会いに行くことになる。
最下層から最上層への旅。それは、爛熟したテクノロジーが導き出した、ある意味地獄のような世界巡りであった。様々な人との出会いと別れを経て、ついには旅の始まりには想像も出来なかったとんでもない場所へと至ったアキラ。そこではこの世界の真実が明かされることになるのだが、一体それは、というお話。
うーん、取り敢えず一読して、物語の構造が異様に単純なことに面食らってしまったのだが、どういう心境の変化なのだろうか。ひたすら上へ、上へ、なのである。こんな単純なものを書く人ではなかったはずだが…。
そうだなー、確かに、差別構造をより徹底化し、ある意味絶対化した「理想社会」のヴィジョンは面白いのだが、どうもそれについての叙述のありようが説明っぽ過ぎるというか、物語の中にそれを埋め込むんじゃなくてある人物に全てを語らせてしまったのもどうなのだろうか。
そもそも初期の代表作の一つ『コインロッカーベイビーズ』からして既にSF的なヴィジョンを大々的に掲げ、それでもやはりSF小説群とは一線を画してきた村上龍が、今回かなりベタなSF的設定を敢えて選び、SF以外の何物でもないように見える作品を書いてしまったことについては確かに評伝的な意味で面白いと思う。しかし、本書のようにほぼヴィジョンのみ、物語的要素は超希薄、というのは、そもそも小説ですらないように思うのだが…。電子書籍版だったらその辺の疑念というかもやもや感が払拭されたのだろうか。以上。(2011/12/28)