東野圭吾著『容疑者Xの献身』文藝春秋、2005.08
いまさら、という感じもするが第134回直木賞受賞作である。「オール讀物」に連載されていた長編の単行本化で、同著者による「物理学者・湯川学」シリーズに属する作品。倒叙スタイルをとっていて、とある数学教師が、その愛してやまない隣人の美しい弁当売りが元夫殺しの罪で検挙されることを、周到なトリック構築によって防ごうとする涙ぐましい努力を描いたもの。うーん、実に涙ぐましい。
緻密に組み上げられたトリックの妙味と、それを少しずつ読者に明らかにしていく叙述の巧みさは確かに第一級品のものであり、選考においてもこの点が評価されたのではないか、と思う。そういう本格ミステリの部分は確かに面白いし読み応えがあるのは事実で、これはこれで優れた作品だろう。
ただ、極めて論理的な天才的数学センスを持つ数学教師が、何でここまでするのか、ということについてこの作品は〈かなり〉説得力を欠いているし、惜しむらくは謎解き役である湯川が〈偶然にも〉その数学教師の元友人であるという基本設定には無理がありすぎるし、まあそれはさておいてもこの数学教師と天才物理学者の掛け合いこそが面白くなるはずなのに、何とも凡庸な議論しかしていないのは誠に残念なのであった。
さよう、要するにこの小説、衒学的になるのを避けよう、という作者なり編集者の意図は確かに分かるのだが、主要登場人物の頭脳レヴェルを考えると余りにもその台詞群が浅すぎるのである。「リーマン予想」(詳しくはこちらをご覧下さい。)や、本書のキーワードの一つにもなっていて頻繁に登場する「P ≠ NP予想」(詳しくはこちらをご覧下さい。なお、これを解いたらクレイ研究所が100万ドルくれるそうですね。)という言葉が登場しても、それらについて恐ろしくメタな会話が行なわれるだけで、肝心の中身についてほとんど言及していないのは、「詳しく書いても読者は理解できないだろうしな〜。」ということなのか「実は俺も良く理解してないしな〜。」ということなのか、あるいは他の理由からなのかそれこそ決定不能なのだけれど、実に不満なのであった。以上。(2006/05/05)