王家衛監督作品 『ザ・グランドマスター』
上海出身で、香港を拠点に映画作家としての地位を築いてきたウォン・カーウァイ(王家衛)監督による、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』以来5年振りとなる長編。盟友とも言うべきトニー・レオン(梁朝偉)に加えてチャン・ツィイー(章子怡)やチャン・チェン(張震)といった人気俳優を擁し、あるいはまた彼らにとてつもなく過酷なクンフーのトレーニングを積ませ、先日行なわれたベルリン国際映画祭のオープニングを飾るなどといった具合に話題に事欠かない作品だが、その出来栄えはいかに、である。
物語は、ブルース・リー(李小龍)の師匠にして南方系の武術=詠春拳の継承者であるイップ・マン(葉問=トニー・レオン)の伝記を脚色したもの、となる。以下、大まかな説明を。時は日中戦争前夜。中国拳法における北方系と南方系を統一せんとする北方最強の武闘家であるゴン・パオセン(宮宝森)は、自分を破ったイップ・マンを南方武術最強の術者として認定する。しかし、ゴンの娘・ゴン・ルオメイ(宮若梅=チャン・ツィイー)はこれに反発。自らイップ・マンに挑み、辛勝する。北の地での再開を誓った二人だが、折しも時代は日中戦争へと突入。大日本帝国軍による大規模な侵攻が開始され、中国本土は混乱に陥る。全てを失うイップ・マン。宮家伝来の武術をかたくなに守ろうとするルオメイ。そんな時代の奔流の中で、二人が辿る運命とは果たして、というお話である。
まあ、実のところ、そう解釈すべきなんだろうな、ということである。一人の男の半生、というかもっとたくさんのことが語られているので、まとめるのは困難、としか言いようがない。そうなのだ、どうもこの映画、作り手である王監督自体が混乱してしまったのではないか、と思われる節が多々あるのだ。
最も気になった点であり、最大の失策ともいうべきことを記すと、ルオメイが北に戻るときにチャン・チェン演じるカミソリ(一線天)という男を助けるのだが、この国民党に所属すると思われれる人物、格闘家らしきことは分かるものの、その後話に絡んでこず、かと言って数回にわたってそのバトルが意味もなく描かれたりするのである。
調べてみるとどうやら、イップ・マンとカミソリの対決、というのはシーンとして撮影されていた模様で、となると、思うに、基本的にはこの映画はそれぞれが三つの流派を代表する男女による、恋愛映画でありかつまた武侠映画となるはずだったのではないか。
そういう壮大な構想があることは想像力を働かせればうっすらとは分かるものの、それにしては、描かれるべきことが省かれ過ぎで、もう想像で補うしかない、という感じなのである。ルオメイとカミソリのその後、カミソリとイップ・マンの関係、等々は勿論なのだが、それらを語る上で不可欠な国民党と共産党の対立であるとか、大日本帝国軍の関わりであるとか、そういうことも語られないといけないと思うのだ。
とは言え、逆な方向性もあったかも知れない。ひたすらイップ・マンとルオメイの関係だけに話を絞る、とか。この監督なら、その方向性が一番潔くて良かったんじゃないかとも思ったりするのだが…。
いかんせん中途半端に最後まで回収しきれないくらい色んなことを描いてしまったために、肝心なところはぼやけるし、そしてまた極めて不親切な、と言って良いような作品になってしまっているのだ。端的に膨らませ過ぎでかつまた未整理、なのである。これはもう、削りまくるか足しまくるかした完全版を(どっちかというと後者希望)、是非作って頂きたいと思う次第なのである。以上。(2013/06/24)