岩井俊二監督作品 『ヴァンパイア』
岩井俊二による実に8年ぶりの長編映画である。周防正行と並ぶ超寡作振りを遺憾なく発揮しているわけだが、これまでの作品群が独創性と作家性に満ちた傑作であっただけに、これを見逃す手はない、と考えた次第。猛烈な台風17号が接近するさなかに鑑賞した。
物語の舞台はカナダ。アルツハイマーを患う母(アマンダ・プラマー)と二人で暮らす高校教師のサイモン(ケヴィン・ゼガ―ズ)は、新鮮な血液を求めて自殺志願者サイトなどに出没する「ヴァンパイア」。基本的に殺人のような行為を厭う心優しきヴァンパイアである彼は、例えば、志願者に「一緒に死のう」、と持ちかけては静脈から血液を抜くという方法で目的を達成していた。
そんな、刑法上の罰則を受ける危険と隣り合わせの日々を送る中、ふとしたことから知り合った世話焼きの警官の妹(ローラ・キング)に見初められ、あるいはまた教え子の一人ミナ(蒼井優)にも自殺願望があることを知り、更には集団自殺に巻き込まれその生き残りの女性(アデレイド・クレメンス)に自分がヴァンパイアであることを明かしてしまう。油断からなのか宿命なのか、そんな風に少しずつねじれ始めたサイモンの周辺だが、果たして彼に安息の日々は訪れるのか、というお話。
そもそも最初からこの物語世界におけるヴァンパイアの存在についてのディテイルを書き込むことに興味がない、というような趣向なので、主人公サイモンがどういう来歴で、この物語の世界観の中でのヴァンパイアがどういうものなのか、といったことには全くと言って良いほど言及されない。何となく暗黙のうちに了解されている、異常な身体能力(飛翔能力含む)や、日光を嫌うや、十字架を嫌うや、血を吸われたものはヴァンパイアとなる、といったようなことは、どちらかと言えば否定気味に描かれている。そもそもサイモンは所謂「ヴァンパイア」ではないのではないか、という見方も不可能ではないような描写のされようである。
そんな、吸血鬼映画としては余りにも異端とも言える独特の筆致の中、描かれることの中心はやはり、死というもの、あるいは世界というものと向き合う若い女性達であり、そしてまた彼女らと、その中心で彼女らの言葉を聞き、記録し、血液の提供を受けるサイモンとが結び合い、織りなすドラマである。異色の吸血鬼映画にして、やはりこの映画作家らしい鮮烈さと静かさ、そしてまたはかなさに満ちた、佳品であると思う。以上。(2012/10/01)