(2000/07/13にパスポート用写真として撮影。当然転載不可。)
自己紹介
3月8日生まれ。千葉市花見川区幕張町に長らく在住。サイト名はこれに由来すると同時に、サーバが置かれている場所も意味している。以下、多角的に、自然言語を用いて自己分析・解体・表象を試みよう。例えば「元エンジニア」。卒論は記憶と想起の神経回路モデルに関するものであった。大学卒業後しばらく某メーカにてワークステーションの開発に従事していたこともある。あるいは「アマチュア音楽家」。バロック以前の西洋音楽、及びその他地域を問わず最近のものを好む。日夜ヴォイス・トレーニングと指の訓練に励む。J.S.バッハの『マタイ受難曲』は何度も歌ったし、ヘンデルの『ミサイア』は2002年12月に歌ったのでもう良いと思う。現在はJ.S.バッハの『ヨハネ受難曲』および『ミサ曲ロ短調』、モンテヴェルディの『聖母マリアのための夕べの祈り』辺りをどこかで唄いたいと考えている。「研究者」としては?一応「社会学博士」なので、世間的には「学者」という位置づけなのだろう。研究対象はシャマニズム、儀礼、社会構造、性(セックス/ジェンダー/セクシュアリティ)、ポスト・コロニアリズム、パフォーマンス、コミュニケーション、観光、医療などなど。便宜上英国流の「社会人類学」という学問的枠組の中に属しており、主として日本の東北地方においてフィールド・ワークを行なってきた。1997年頃からは自動車で往復することを覚え、活動範囲が拡張されたのだが、そのおかげで、色々な文化・社会的事象の複雑かつ絶妙な繋がりが垣間見えてきたように思う。実はアイルランド共和国にて長期間のフィールド・ワークをやりたいものだ、と常々考えているのだが、なかなか実現には至らない。2002年から仙台市で講集団の調査を、更には2004年に横浜市立大学で文化人類学演習を一年間担当することになり、当ゼミでここ10年来調査してきた三浦市南端の地域に入り込ませて頂いている。更には2005年度から八丈島でのこれまでとはテーマ設定を一新した調査を開始した。2006年初頭より福岡県久留米市を当面の拠点として設定したとある新規事業計画に関わりはじめ、これに関連して5月にはインドネシア共和国のバリ島に出かけ、「ここはフィールドワークを行なうには良い場所だな」、という実感を持ったのだけれど同時にまたその実現は困難かも知れないとも考えてもいる。それよりもまずはその新規事業を確立することの方が重要なわけで、こちらの方は同年7月14日に株式会社として正式に登記され、私は同社の取締役副社長に就任することとなった。同社の事業と関連する形で渋谷にて店舗運営に携わっていたのだが、2007年1月末で閉店。これを機に2月には上記会社の取締役からは事実上退いた。同年3月終盤から東海地方(具体的には三重県鈴鹿市)で新たな仕事を開始したが、これはゴリゴリの技術系職務である。近場の地域社会を対象とした研究活動も並行して行なう予定で、これからしばらくは東海から関西での週末フィールド・ワークが常態化しそうな気がしている。以上。(2007/03/25まで)
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