藤沢周著「ブエノスアイレス午前零時」所収『文藝春秋』九月特別号、1998
良くまとまった短編である。雪国の温泉宿とそこで働くいわく付きの過去を持つらしい主人公、ラテンダンスサークルと彼等に随行してきたこれまたいわく付きの過去を持つらしい盲目の老女。本作品ではこの二つの集団あるいは二人の邂逅が描かれることになる。北と南、雪と太陽、青年と老女みたいなシンメトリカルで二項対立的な図式が通底していて、作者の淡々としてすっきりとした文体は、そうした図式をかっきりと描き出すことに成功していると思う。勿論、そこに作者の「形式」のようなものへの執着を読みとれないことはないのだけれども。選評では誰も言っていないのだけれど、作者は川端康成の『雪国』をかなり意識しているのではないかなどとつまらないことを考えてしまった。(1998/08/29)
花村萬月著「ゲルマニウムの夜」所収『文藝春秋』九月特別号、1998

藤沢の作品とは全く対照的に、花村のどうやら長編小説の冒頭におかれることになるらしい本中編は、独特の文体によって奔放かつ荒々しい言語空間を醸し出している。テーマ的にはキリスト教の救済観なり神の絶対性という極めて重く壮大なものを扱っている訳で、幾つかの評者は掘り下げが浅い、というようなことを述べており、私も同感なのだけれど、それは恐らく本作品があくまでも「冒頭」に過ぎないことから来るのだから、致し方ないのかな、などと思う。ともかくも、こういうインパクトのある文章は久しぶりに見た。「朧」を主人公とする一大長編、あるいは長編連作を早く見てみたいものだと思う。他にも同じことを考えた方は多いのではないかと思うのだが、中上健次の「秋幸」シリーズに匹敵するものを期待してしまうのであった。(1998/08/29)