Ethan & Joel Coen作品 The Man Who Wasn't There
邦題は『バーバー』。こちらの方が分かり易いのだけれど、原題の方が映画の内容には忠実である。本映画の監督をしたJoel Coenは(この人達の名字にはhは含まれていないようです。良く分からないよー…。)、2001年のカンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞。この快挙に関していえば、本作品の完成度の高さもまた、この兄弟による他の作品同様大変なものなのであって、私には全く頷けるものである。
さて、本作品の時代背景はドライ・クリーニングが商品化しつつあり、数年前の1947年にはロズウェル事件(何のことだか分らない人は調べて下さい。)なんてものがあった1949年。場所はカリフォルニア州はサンタローザ。義弟の経営する床屋でしがない理髪師として働くヘヴィ・スモーカの義兄Ed Crane (Billy Bob Thornton) は、その妻(Frances McDormand)の不倫に気付いてしまったあたりから「こんな人生で良いのか?」とふと疑問を抱き始め、一転巻き返しを画策し出す。それはそれで良いことなのかも知れないけれど人生はそう甘くはなく、彼の運命はここから暗転。あとはつるべ落とし、というお話である。
基本的にこの作品、既に紹介した超大ヒット作 Le Fabuleux Destin d'Amelie Poulain (邦題『アメリ』)の、要するに陰画(ネガ)なのだと思う。淡々と髪を切り続ける日常から、一歩踏み出すことで、主人公Edの世界は一挙に変貌を遂げるのだけれど、その方向は『アメリ』とは正反対。確かに人生とはそんなもので、一歩先を歩こうとすればどう転ぶか分ったものじゃないのだが、かと言って何もしないのも「それって、人生?」なのである。うーん。この映画の1949年という時代設定を考えると、本作品のプロットはフランス共和国が生んだノーベル賞作家Alber Camusの実存主義・不条理小説群だの、アイルランド共和国が生んだ同じくノーベル賞劇作家Samuel Beckett不条理劇等々を基本テクストにしているような気もする。そうは思いません?(そもそも、原題がそのままずズバリではないか、と。)
なお、全編モノクローム、陰影を強調した撮影および照明はまさに1940年代後半から50年代にかけてのいわゆるフィルム・ノワールの技法を意識していることは間違いない。ついでに言うと、本作品のかなりの部分が、明らかにStanley Kubrick監督の同じくモノクロームで撮影された傑作 Lolita からそのプロットやイメージを拝借している(原作は勿論Vladimir Nabokov。)。蛇足だけれど、全編に用いられているL.v.Beethovenのピアノ・ソナタは、私もまたその全てを一応さらっているので、「ふむふむ」なのであった。何が「ふむふむ」なのかは、うまく説明出来ないのではあるが…。以上。(2002/06/18)