貴志祐介著『黒い家』角川書店、1997.6

今週公開の森田芳光監督による同名の映画の原作。文庫も出ているのだけれど、何故か単行本が本棚に入っていたので急遽読了。いやあ、これは怖い。これと前後して読んでいた京極夏彦の作品に登場する地名「帷子辻」(本作では「帷子ノ辻」という駅名で登場する。)が出てくる偶然はさておき、保険金殺人の嫌疑が掛かったある夫妻の出身地が「W県K町」とされているのだ。しかも、その殺人の手口が…。出版年は1997年で、どう考えても執筆年はその前年だから、あの「砒素入りカレー」事件を2年近く前に予言してしまっていた、とも言えるのである。
本作品のテーマは極めて真面目なもので、保険業を含めた社会福祉が、弱者の救済というヒューマニスティックな目標を掲げているのとは裏腹に、それを悪用するものも必然的に増加するだろうし、もっと一般化すれば、やはり弱者である子供をほったらかしにしても社会がそれを保護してくれる、という思想がはびこることによって、家族、親子その他の人間関係は崩壊し、人を人と思わぬような、「背徳症候群」患者ないしは「サイコパス」と呼ばれる潜在的かつ生来的犯罪者が急激に増加するのでは、というヴィジョンが語られたりするのだ。生命保険業に従事する主人公は最終的に「生来的」犯罪者などあり得ない、という性善説に傾くのだけれど、猟奇的大量殺人を描いたこの作品全体を通じて作者が訴えているのはどう考えてもその反対なのではないか、という印象を強くもってしまう。
あの「砒素入りカレー」事件(容疑者が同事件への関与を否認していることを含め、この事件がまだ解決していない事もちゃんと書いておかないといけない。)を経た事も、そう読めてしまう一因となっているのかも知れないのは確かではある。世の中、少なくとも良い方には向かっていないように思う今日この頃である。(1999/10/28)