椹木野衣著『増補 シミュレーショニズム ハウスミュージックと盗用芸術 ver1.03』ちくま学芸文庫、2001.5(1991→1994)
1991年に刊行されたセンセーショナルな元本『シミュレーショニズム』(洋泉社)に、今回は100ページ以上に及ぶ口語体による「講義編」を加えた増補版である。主として美術と音楽における、サンプリング技法をその根幹に持つ、「シミュレーショニズム」と著者が名付ける20世紀後半の、〈「作者」およびその「作品」〉という形式を解体せんとするアート形態(最早それは「アート」ではないかも知れないが…。)に関する集大成的な評論は、今日においても読み応えは十分であるし、極めて読みやすい「講義編」は、提示されるべき「作品」(音源については、文庫本という形態をとる以上提示困難なのは確かである。CD-ROMを付ける、という手もないではないが…。)が抜け落ちているという欠点は否めないとしても、誠に豊穣極まりない内容を含んでいると思う。そんなところで。(2001/06/29)
Philip K. Dick著 浅倉久志他訳『ディック作品集 シビュラの目』ハヤカワ文庫、2000.06(1963-1987)
この前に『ディック作品集 マイノリティ・リポート』(ハヤカワ文庫、1999.06)が来る訳だけれど、まだ購入していない。それは兎も角、本書は未邦訳のThe Crack in Space(1966)へと続く「ジム・ブリスキン」を主要な登場人物とする連作短中編3本の他、創元文庫に入っている『ヴァリス』4部作につながるモティーフを持つ表題作「シビュラの目」と、更にもう2本の、計5本の短中編からなる作品集。未だ未邦訳作品が大量に存在し、B.Aldissと同様にサンリオSF文庫がポシャッたために邦訳済みのものも絶版が続いている状況のこの作者なのだけれど、早いところ全集なり何なりを出版して欲しいところ。それほど重要な作家なのである。ちなみに、本作品集に収められた作品群は、どれも皆、誠に味わい深いものである。ということで。(2001/07/09)
中川和也訳『ユトク伝 チベット医学の教えと伝説』岩波文庫、2001.04
17世紀に刊行された、8-9世紀に活躍したとされるティベット医学の祖・ユトクの生い立ち、言行、その他を記述した書物の邦訳版である。ティベット仏教にさほど慣れ親しんでいないので、その内容を深く理解することは出来なかったのだが、少なくとも、17世紀という近代の入り口に当たる時期に、このような「書物」が編纂され、ユトクを祖と仰ぐティベット医学の正統性の強化が図られた、という事実の重さを感じ取ることは出来た次第。分厚く、ある意味でマニアックとも言える書物ではあるが、例えば「宗教と医療の関係」について思考を巡らせている方々にとっては必携書ではないかと考える。以上。(2001/07/29)
Saint-Simon著 森博訳『産業者の教理問答 他一編』岩波文庫、2001.06(1823-25→1988)
『世界の名著』にも入っているほど有名かつ重要な「産業者の教理問答」と、晩年の著述である「新キリスト教」の2編の、森博による邦訳版の文庫化である。解説で宮島喬が述べているように、「マルクス=エンゲルスのように彼らの考える「科学的社会主義」の前史に(平山注:ということは「空想的社会主義者」と考えていたことになる。)サン=シモンを位置づけるよりも、このデュルケムのように、産業機能の組織化という意味での社会主義の唱道者としてかれを捉える方が、まだしも実像に近い」とされるSaint-Simonの、まさしく「産業機能の組織化という意味での社会主義の唱道者」たる側面が全面に打ち出された「産業者の教理問答」を、極めて興味深い著述として読んだ次第。それこそ「産業化」がグローバルな規模で極限に近づきづつあるようにも思われる今日、改めて読み直されるべきテクストの一つであることは間違いないと思う。以上。(2001/08/01)
Philip K. Dick著 浅倉久志他訳『ディック作品集 マイノリティ・リポート』ハヤカワ文庫、1999.06(1953-1987)
前述の『シビュラの目』の前に出版された作品集。既に邦訳が存在しており再収録となった、表題作でありかつまた誠にDickらしい、予知(「プレコグ」)能力モティーフと政治的権謀術数劇が絶妙に混ぜ合わされた作品である「マイノリティ・リポート」は、何とあのSteven Spielbergが、これまたあのTom Cruise主演で映画化作業を進行中ということらしいのだが、これについては大いに期待することにしよう。なお、個人的には、この作品よりも、同じく既に邦訳済みで再収録された、本人含め有名なSF作家達が実名で登場するどたばた時間テーマSFコメディ、「水蜘蛛計画」の方が面白かった次第である。以上、簡単ながら。(2001/08/12)
見田宗介著『宮沢賢治 存在の祭りの中へ』岩波現代文庫、2001.06(1991→1984)
今なお不滅の光を放ち続ける詩人にして作家の宮沢賢治について、社会学の泰斗である見田宗介が透徹なまなざしを持って切り込んだ評伝。近代日本における「自我」の可能性と限界、という巨大なテーマを掲げる見田宗介が、宮沢のいう〈わたくしといふ現象〉について呻吟を重ねて書き連ねた本書、それはまさに、賢治あるいは近代そのものの可能性を、あるいはその地平を、再認識させてくれるものだと思う。まさに名著。今回の再文庫化により、より多くの人々の目に留まることを願う。(2001/08/20)
宮家準著『修験道 その歴史と修行』講談社学術文庫、2001.04
修験道研究の第一人者・宮家準氏が、修験道に関して記述してきた旧稿を集めた論文集である。一般向きなのは第5章「修行の構造と思想」のみであり、その他は極めて専門的な内容となっている。そのために本書の記述は誠に読みにくい(あるいは反対に読みやすい?)ものなのだけれど、そのことは、修験道というものが、その成立と発展その他において、極めて複雑な歴史的背景や事情を持っていることや、その修行や思想にもこれまた極めて複雑で、しかも体系的な構造が備わっていることを見事に証拠立てているとも言えるだろう。入門書とはとても言えない書物ではあるが、反対に修験道とその周辺の研究者にとっての必携書であるということを述べて終わりにする。(2001/09/10)