京極夏彦・多田克己・村上健司『妖怪馬鹿』新潮OH文庫、2001.02
背表紙によれば「妖怪のことばかり考えている人のこと」を指す「妖怪馬鹿」3人が、新幹線のぞみで、京都の某旅館で語り尽くす妖怪対談。3人とも水木しげるという「妖怪」的漫画家の影響で妖怪馬鹿となったこと、民俗学者・宮田登や人類学者・小松和彦ともつながりがあること等々、誠に興味の尽きない内容。京極氏による書き下ろし漫画に爆笑し、「京極堂」シリーズのサブキャラクタ・多々良勝五郎のモデルが実は多田克己氏であることに気付く、というのも、本書から得られる大いなる副産物である。以上。(2002/09/24)
森博嗣著『黒猫の三角 Delta in the Darkness』講談社文庫、2002.07(1999)
「瀬在丸紅子」を謎解き役とするVシリーズ第1弾。密室殺人、叙述トリック等々、本格ミステリとしての基本形を守りつつ、キャラクタ・メイキング(=人物造形)に独特の趣向(理系の人間が多い、トランス・ジェンダーなキャラが多い等々…)を凝らした楽しい作品。タイトルの「黒猫の三角」とは、物語の舞台である小田原家周辺地域に住み着いた野良猫の名。数学者である小田原長治は、これを「黒猫のデルタとは、はは、愉快な名前ではないか」と評するのだが、理系出身で「線形代数」をちゃんと学んだことがある私も「ふふふ…」となった次第。これが作品構成上実は物凄く大事なことなんだけれど、同じく実はこの作品、ここのところが分からないとさっぱり面白くないのではないかとも思う。とりあえず一読して「なんだこれ、面白くない…」、ないしは「なんじゃこりゃ、良く分からない…」、という方は線形代数の教科書をさらっと読んで下さい。「なるほど〜」と思わず頷くはず。以上です。(2002/10/05)
山田正紀著『日曜日には鼠(ラット)を殺せ』祥伝社文庫、2001.11
さりげなく出版された山田正紀による誠にコンパクトな書き下ろし中編。近未来なのかすぐ先に待ち受けているのかは良く分からない恐怖政治国家において、その恐怖政治を完成させるべく行なわれる人間観察実験が本書の基本設定。その実験とはすなわち、政治犯8人を、様々な仕掛けが施された要塞=恐怖(フィア)城に解き放ち、そこから脱出できたものに恩赦が与えられるのだが、要はその脱出にいたる行動パターンを記録し、利用しよう、ということになる。あっという間に読了できる本作品だけれど、その舞台装置や話の展開からは何となく、TVゲームからの影響を多大に受けているように思ったのだが、山田氏、実はそういうものにも首を突っ込んでいるのかも知れない。以上。(2002/10/23)
David Brin著 酒井昭伸訳『知性化の嵐1 変革への序章 上下』ハヤカワ文庫、2001.09(1995)
1980年にオリジナルが刊行されたSundiver(邦題『サンダイバー』。ハヤカワ文庫で読めます。)から綿々と書き継がれてきた「知性化シリーズ」最新巻の第1部。原著は1995年に刊行。かつての乱開発のために荒廃し、その生態系を再生すべくして「休閑地」に指定されている「惑星ジージョ」が舞台。ここに不時着した謎の男と、元々この星に不法入植したヒトを含む六つの種族、そして謎の男を追ってきたらしい空からの来訪者等々が繰り広げる複雑極まりないドラマ。実はこの物語、本書だけでは完結せず、更に『知性化の嵐2』『知性化の嵐3』へと続くのだけれど、何でまたそんなに長くなっているのかというと、それはこの惑星の生態系や、登場する各種属の身体的特徴だの社会構造、文化体系などの記述がやたらと細かい故。それらを緻密に描き出したその途方もない想像力・創造力・構想力には、ただただ圧倒されるばかり。尚、もともとこの星には六種族は存在しなかったのだから、自分たちは静かに滅んでいくべきだと主張する「自浄派」と呼ばれる人たちの存在が誠に面白いと感じ入った次第。ディープ・エコロジーに一脈通じるところもあるのだけれど、ある意味でそれを更に押し進めた形をとりつつ、大変説得力のある主張なのではないかとも思う。地球の場合、ヒトはそもそも生態系に含まれているのだから、別段滅びる必要はないと考えるのだけれど(一回位は滅びた方が良いかとも思うのだが…。)、「ジージョ」なら確かにそれもありなのである。まあ、それは兎も角、取り敢えず続きが楽しみ、ということで終わりにしよう。(2002/11/16)
貴志祐介著『青の炎』角川文庫、2002.10(1999)
来春公開される蜷川幸雄監督による同名映画の原作。湘南地方の進学校(モデルは湘南高校なんでしょう。)に通う17歳の男子高校生が、やむを得ない事情で完全犯罪を目指した殺人計画を練り、実行するという一連の過程を、当該殺人者自身の視点で記述していくいわゆる倒叙型ミステリ。緻密に書き込まれた高校生活の有り様や、勿論殺人方法を練り上げていくプロセスなどが、誠に秀逸。一作ごとに、全く別のスタイルをとるこの作家のとんでもない能力にも、改めて驚嘆した次第。思うに、大切なのは、とにもかくにも取材力である。以上。(2002/11/22)