David Brin著 酒井昭伸訳『知性化の嵐2 戦乱の大地 上下』ハヤカワ文庫、2002.09(1996)
『変革への序章』に続く『知性化の嵐』三部作の真ん中にあたる本書では、知性化されたイルカが中心的な乗員となっている宇宙船「ストリーカー」の、惑星ジージョからの脱出行を主軸に、同惑星において勃発したまさに戦乱とよぶに相応しい状態が克明に描かれる。「ご都合主義」の批判を多分気にしない同氏の、何でもありなストーリー展開に目を見張らされる次第。(2002/12/11)
Greg Bear著 冬川亘訳『斜線都市 上下』ハヤカワ文庫、2000.05(1997)
今日のアメリカ合州国を代表するSF作家G.Bear氏による、ナノ・テクノロジー/量子論理シリーズ中の一作。西暦2040年代、ナノテクとセラピーが一般化した世界を舞台に、その転倒を目論む秘密結社その他の暗躍と、その陰謀を崩壊に導くもろもろの人たちの活躍を描く。生物コンピュータ、ナノテク・テロリズム等々という本書の中心素材となっているアイディアがまことに秀逸。それらは、やや大風呂敷で古典的とも言うべき、マッド・サイエンティストと陰謀団の暗躍、という本書で描かれる余りに凡庸な物語の下地を補ってあまりあるものである。登場人物それぞれが、実のところ自分の置かれた立場、あるいはその目的や役割について殆ど自覚的でないように描かれている点が、ネタ晴らしになるので詳細は書けない生物コンピュータのアイディアと重なっていて大変印象深いのであった。ということで。(2002/12/11)
小松和彦著『神隠しと日本人』角川ソフィア文庫、2002.07(1991)
人類学者にして民俗学者である小松和彦による「神隠し」論。結論部分を引用すると、「それは人を隠し、神を現わし、人間世界の現実を隠し、異界を顕(ルビ:あらわ)すヴェールであった。そして、それは人を社会的な死、つまり『生』と『死』の中間的な状態に置くことであった。」(p.229。『』は本文では「」。)とのこと。要するに原因が不明な、あるいは何となく分かっている(誘拐あるいは事故死)失踪事件について、それに対するショックを和らげるため、あるいは何とか説明をつけるための手段として、「神隠し」現象は日本社会において考案され、想像されてきた、ということになるのだろう。ふむふむ。納得。ということで。(2002/12/19)
Philip K. Dick著 佐藤龍雄訳『あなたをつくります』創元SF文庫、2002.03(1972)
かつてサンリオから出ていた『あなたを合成します』の完全新訳。南北戦争時の歴史的有名人「シミュラクラ(=模造人間)」を販売し一儲けを目論む落ち目のオルガン製作所経営者である主人公ルイス・ローゼンと、シミュラクラの基本デザインを行なった精神疾患を持つ黒髪の美少女プリスとの間に引き起こされる愛憎劇、ということになるんだろう。牧眞司が巻末にこれ以上はないという解説を寄せているので、私はそれに何も付け加えることが出来ない。取り敢えず、「シミュラクラのほうが人間以上に人間らしいじゃないか」、あるいは「そもそも自分は本当に人間なのか?」、などと考え出してしまう主人公、というようなプロット・テーマ群は、後の作品にも引き継がれ書かれていくことになるのである。このことだけは述べておこう。以上。(2003/01/05)
夢枕獏著『陰陽師 鳳凰の巻』文春文庫、2002.10(2000)
夢枕獏による短編連作『陰陽師』の正編第4巻の文庫化。とうとう映画化第2弾も動き出したらしいけれど、この盛り上がりは一体何なんだろう、などと改めて考えるのであった。『シャーマン・キング』の主人公とその宿敵なんていうのも、要するに陰陽師なわけだし…。まあ、それはともかく、誠に端正でまとまりの良い短編揃いで、純粋に大変楽しめました。そんなところで。(2003/01/05)
Greg Bear著 大森望訳『ダーウィンの使者 上下』ヴィレッジブックス、2002.12(1999→2000)
かつてこの作品と同様に「進化」を問題化した『ブラッド・ミュージック』(ハヤカワ文庫、1987)というSF文学史上に残る作品を書いたことがある同著者が、最新の進化生物学・分子生物学その他の知識を盛り込んで書き上げた、やはり歴史に残りそうな近未来遺伝子スリラないしパニック小説。メインの素材は何といっても「ヒト内在性ウィルス」。どうやら我々の遺伝子には、かつて感染し逆転写された、外部からやってきたウィルスが含まれているらしいのだが(ここまでは事実)、普段は何にもしていないこのウィルスの発現が、例えばネアンデルタール人(ホモ・サピエンス)から現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)への「跳躍的進化」に大きな役割を果たしたかも、という仮説を元に、生物学者や人類学者のロマンスを含む途方もないスケールの物語が紡ぎ出される。いやあ、凄いですよ。これは…。と、ため息をもらしつつ、最後に若干ネタ晴らしをしてしまうけれど、「新種」の誕生が語られる辺りは、誠に感動的なのであった。そんなところで。(2003/01/12)
浦賀和宏著『地球平面委員会』幻冬舎文庫、2002.10
メフィスト賞作家である浦賀和宏によるミステリ作品である。文庫書下ろし。大学に入学した某有名作家の孫である大三郎は、「地球平面委員会」の勧誘ビラを撒く女子学生・宮里真希を目撃、そして同サークルに勧誘される。次第に彼女に惹かれていく大三郎の周囲で、放火、盗難、ついには殺人事件が発生。一体何が起きているのか。そしてまた委員会の真の目的とは?というお話。膨大な数にのぼる映画やミステリ他への言及、そしてNew Order。浦賀和宏はこの作品において、サブカルチャーへの愛を語りつつ、かつまたかなりヘンテコりんな物語を紡ぎだしている。結末については、こんなのあり?、とは思うのだが、キャラクタ造形や蘊蓄部分が面白いので、すべてが許されてしまう、そんな、ちょっと不思議な、そしてまた愛すべき作品である。そんなところで。(2003/01/22)
森博嗣著『人形式モナリザ Shape of Things Human』講談社文庫、2002.11(1999)
同著者による所謂Vシリーズの長編第2作。舞台は夏の長野県は高原地帯。「乙女文楽」なる芝居上演中に起きる殺人事件を巡る謎解きを中心とした、コンパクトな作品である。コンパクトとは言いながら、Max Ernstの著作からの引用、これまでの作品にも見られた森氏自身がかなりのマニアなのではないかと邪推する人形ないしフィギュアへのこだわり等々、細かいところになかなか思わせぶり以上のものがある、楽しい作品である。まあ、第2作まで来て、このシリーズにおける人物造形はちょっと戯画的、もっと言えば相当不自然ではないかな、などと思い始めたのも事実ではあるのだが…。ということで。(2003/02/15)