井上夢人著『ダレカガナカニイル…』講談社文庫、2004.02(1992)
岡嶋二人というコンビ解消後の井上夢人によるデビュー作にしてとんでもない傑作がこの度新潮文庫から講談社文庫に移転(その理由もまたミステリアスなのだが…。)。明らかにオウム真理教(現在はアレフに改称。で良いのかな?)をモデルにした「宗教集団」が作った山梨県下の活動拠点での火災事件を発端に、その火災で死亡した当の宗教集団教祖とおぼしき女性の「意識」が憑依(この言葉は本作品には登場しない。)したらしい男性が出会う数奇な出来事を描く。表紙裏にある通りSF、ミステリ、恋愛小説の要素をふんだんに盛り込んだ700ページ弱の大長編。一応今読んでも全然古くなっていないことが確認出来た誠にエポック・メイキングな作品だと思うので、未読の方は是非ご一読を。(2004/03/25)
David Brin著 酒井昭伸訳『知性化の嵐3 星海の楽園 上・下』ハヤカワ文庫、2003.10(1998)
「知性化」シリーズ中最も長い作品となった「知性化の嵐」3部作の完結編。前作までは惑星ジージョ内という極めて限定された舞台における複雑な権謀術数劇という体裁だったのだけれど、今回はジージョから逃げ出した各登場人物・種族が巻き込まれる複数の銀河系規模での大冒険活劇の様相を呈したとんでもないスケールの作品となった。この作品で作者は、最早映画やTVドラマ(それこそStar WarsStar Trekのような…。)でしかお目にかかることが難しくなっているいわゆる「スペース・オペラ」というジャンルを、最新の科学知識を用いて換骨奪胎し復権させることに成功していると思う。とりあえず、途轍もなく面白い小説であることは保証する。(2004/04/19)
奥田英朗著『邪魔 上・下』講談社文庫、2004.03(2001)
デビュウ以来インパクトのある傑作を次々と世に送り出している奥田英朗(ひでお)によるエンターテイメント巨編文庫版。場所は東京郊外。辛うじて退学せずに踏みとどまっている不良男子高校生、夫の勤務先で放火事件が起きその関与を疑い始める妻のパート女性、その捜査を進める7年前に妻を亡くしてから変節した警察官、の3人を軸に物語が展開する。『最悪』も大変な傑作だったが、奥田英朗はここで更なる進化を遂げていると思う。人物造形しかり、プロット構築しかり。なお、実名で書くスタンスは某政党の怒りを買ったかも知れないが、最後まで読めば色々氷解するはず。以上。(2004/05/16)
田口ランディ著『アンテナ』幻冬舎文庫、2003.06(2000)
妹の不可解な失踪、弟の発狂、叔父の自殺、母の「神道系カルト」への入信、父の脳溢血による死などなど(何でもありじゃん、なんて言わないように…。)によってほぼ崩壊した家族が、主人公である大学院生のシャマニスティックな経験等を通じて恢復していくプロセスを描く何ともすごみのある作品。この人の長編第1作である『コンセント』もそうだったのだが、そのシャマニズムへのこだわりが私には興味を引かれるところ。以上。(2004/06/01)
赤坂真理著『ヴァイブレータ』講談社文庫、2003.01(1999)
シンプルなタイトルの作品が並んだけれど、それはさておいて、評論家としての方が私にはなじみ深い赤坂真理による確か芥川賞候補になった中編小説。30前後の女性フリーライタが、長距離トラック運転手と過ごす4日間を描く。本題よりも、恐らくは著者自身が実際に取材してそのディテールについての知識を得たのであろう、トラック運転手達が使う無線機と、それによって形成された無線機ネットワークみたいなものの描写が面白かった。これは、社会学や人類学の研究対象になりうるものである。ということで。(2004/06/01)