浦賀和宏著『彼女は存在しない』幻冬舎文庫、2003.10(2001)
『記憶の果て』(1998)でメフィスト賞を受賞してデビュウした浦賀和宏による長編の文庫版。平凡ではあるけれど幸せな生活を送っていた香奈子の日常は、恋人である貴治がある日突然何者かにより殺されたのを契機に狂っていく。同じ頃、根本は妹の度重なる異常行動を目撃し、多重人格ではないかという疑いを抱き始めていた。次々に発生する猟奇的な事件が、やがて香奈子と根本を結びつけていくが…、というお話。一応サイコ・サスペンスなのだけれど、「安藤もの」と同じく、あるジャンルにとどまり続けることなく進む展開が面白い、と思う。今後の作品が楽しみな作家の一人であることは間違いない。以上。(2004/02/17)
笠井潔著『天啓の器』双葉文庫、2002.07(1998)
本作品は竹本健治のアンチ/メタ・ミステリ連作「ウロボロス」シリーズに対してはかねがね「大文字の作者が最後まで生き延びてしまっている」というような批判を行なってきた笠井潔が、自分自身と竹本をそれぞれ宗像冬樹、天童直己という名前で登場させ「対決」させるアンチ/メタ・ミステリ。両者が尊敬してやまないことを常々表明している中井英夫の死が、何者かによる「殺人」ではなかったか?というあたりから「物語」は始まり、これまた両者が奇跡的な作品と考えていることを常々表明している『虚無への供物』成立を巡っての誠に錯綜した事情が綴られていく。実に力の入った作品で、ミステリとして、そしてまたミステリ論として極めて優れた作品であると思う。これは、必読書の一つである。(2004/02/18)
山田正紀著『長靴をはいた犬 神性探偵・佐伯神一郎』講談社文庫、2003.10(1998)
かの傑作『神曲法廷』で検事として登場した佐伯神一郎が、今回はホームレスに身を窶(やつ)して再登場。東武亀戸線という誠にマイナーな路線にある「劭疝犬神(しょうせんけんじん)駅」周辺、という架空の土地を舞台に、その土地の名の通り「犬神」を巡る都市伝説というテーマを織り交ぜた長編本格ミステリである。作者自身の後書によれば、「神性探偵」ものはオリジナルである『神曲』同様に、「地獄篇」「煉獄篇」「天上篇」の3篇が書かれる予定で、『神曲法廷』が「地獄篇」に当たり、本作はこれらからは少しずれた番外編、ということになるそうな。本シリーズの主調低音として、基本的にクリスト教その他の宗教・哲学・思想において長らく中心的テーマとなってきた「善」と「悪」を巡る諸問題を徹底的に考え抜こう、という作者の決意というか意図といったものを読み取ることは誰にでもたやすく出来るわけで、誠に大胆にして果敢なる挑戦、という気がする。殺人とその捜査、というのが基本プロットになるミステリ小説においては、この問題を度外視することが出来ないわけなのだが、かといってそこまで踏み込むと大変なことになるのはこれまでのミステリ文学史がある程度証明してきたことではないかと思う。以下に続く同シリーズに期待する次第。以上。(2004/02/19)
山田正紀著『金魚の眼が光る』徳間文庫、2003.04(1990)
北原白秋作「金魚」という、それ自体が戦慄すべき内容を持つ童謡(というよりは純粋に「詩」だと思う。)に、あたかも従うかのように起こる連続殺人事件とその解決を描く。時代設定は白秋が失明した時期に当たる昭和12年。舞台は白秋の故郷・柳河(現柳川)。謎解き役は『人喰いの時代』(1988)にも登場したあの呪師霊太郎(しゅし・れいたろう)。童謡と言えば、例えばかの『マザー・グース』をモティーフとしたミステリが誰でも知っている通りかねてより何本か書かれていたり、横溝正史のあの作品などがあって実際問題どれも大変有名なわけだけれど、天才作家山田正紀のこの作品も、知名度は低いながら大変優れたものだ。ミステリ作家としての本格的な活動開始はここから数年先になるわけだけれど、その先駆け的作品として、本作はもっと注目されてしかるべきだろう。この度の文庫化で、より広く読まれることを期待する次第。以上。(2004/02/20)
帚木蓬生著『薔薇窓 上・下』新潮文庫、2004.01(2001)
精神科医でもある帚木蓬生による大長編である。物語の舞台は万国博覧会で沸く1900年のパリ。見物に訪れた女性が相次いで行方不明になる中、主人公である精神科医のラセーグは記憶を失い保護された日本人少女の世話を始める。そんな彼は、ある貴婦人からストーカ行為を仕掛けられており…。というようなお話。ジャンルとしては、サスペンス、になるのだろうけれど、何しろ中身が濃いので色々な読み方が可能。プロット構築といい、人物造形といい、街の描写といい、本当に見事な作品だと思う。(2004/02/20)
歌野晶午著『安達ヶ原の鬼密室』講談社文庫、2003.03(2000)
近年めざましい活躍を見せているけれどあまりこの欄には登場しないミステリ作家・歌野晶午による、「直観探偵・矢神一彦」もののかなり新しい作品。中身はメインの長編「安達ヶ原の…」と、もう二つの中編を含むもので、ちょっとおもしろい趣向を凝らしてあるのだけれどその辺の詳細は書かないことにしよう。基本的にはこの人を見出した張本人である島田荘司氏の作風に似た、かなり大がかりなトリックを含むのがメインの長編だけれど、まあ取り敢えず大変な傑作というわけでもなくさりとて凡作というわけでもない作品。衒学趣味にも走らず、余計なことを余り書かないスタイルは、くつろいだ読書を追求する方にはお薦めできるものだ。ということで。(2004/02/21)
山田正紀著『サブウェイ』ハルキ・ホラー文庫、2002.02
山田正紀による文庫版書き下ろしホラー。1995年に起きた地下鉄サリンばらまき事件とは余り関係ないが、<地下鉄永田町駅では死んだ人に逢うことができる>、という架空の都市伝説をメイン・モティーフに、短いながらもかなり多彩な人々が織りなす人間ドラマが見事に構築されている。ややマニアックなアイテムだけれど、ファンの方はご入手のほど。以上。(2004/02/22)
森博嗣著『魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge』講談社文庫、2003.11(2000)
Vシリーズの第5弾長編。飛行中の曲芸飛行機内での密室殺人トリック、エンジェル・マヌーヴァという名の宝剣を巡る謎を中心とした、大変良くまとまった作品であると思う。基本的に飛行機好きな森氏の面目躍如といった感じの記述が愉しめた次第。衒学趣味まではいかないギリギリの線でエンターテインメント作品としての完成度を追求しているのだと勝手に考えている森氏の力業とも言える傑作である。(2004/02/23)