夢枕獏著『陰陽師 龍笛ノ巻』文春文庫、2005.03(2002)
安倍晴明と源博雅の活躍を描くシリーズ最新短編集の文庫化。基本的に誰かしらにかけられた、あるいは自らかけてしまった「呪(しゅ)」を晴明が見事に解く、という形の物語5編を含む。コンパクトですっきりとした読み物であると同時に、ある種博物学的と言って良い程の大変な情報量も詰め込まれているという、稀有なる物語集である。ちなみに本書では、晴明と同じく著名な陰陽師であり、その師匠とも言われる賀茂保憲がこのシリーズで恐らく初の登場となり、今後はたびたび現れるのではないか、という予感を抱かせる。なお、二人の関係についてはウェブ・サイト「陰陽師・安倍晴明」辺りを見ると参考になるのではないかと思われるので一度ご覧下さい。以上。(2005/06/01)
霧舎巧著『カレイドスコープ島 《あかずの扉》研究会竹取島へ』講談社文庫、2004.06(2000)
デビュウ作『ドッペルゲンガー宮』に続くシリーズ第2弾ということになるのだろうけれど、そちらは未読。私自身が八丈島の調査を始めるところなので参考になるかとも思いつつ読了。まあ、基本的に全く参考にはなりませんでしたが…。それは兎も角、本作品は『竹取物語』だのW.シェイクスピアのあの有名な作品だのを下敷きとした、やや軽めの文体を持ちつつもかなり複雑な構成と巨大な規模を持つ長編本格ミステリで、なかなか楽しめた次第。話の深刻さに比して、主要キャラクタや事件の起きる島に住む人々がいかにも記号的に描かれているのが気になったのだが、これはこれで良いのだろう。以上。(2005/06/07)
舞城王太郎著『世界は密室でできている。』講談社文庫、2005.04(2002)
最近読んだものの中では最高に面白かった。この作家の持つオリジナリティというのも大変なもので、取り敢えずは感服。青春小説にして密室殺人事件が多々描かれる本格ミステリでもあり、基本的にギャグ小説なこの作品だけれど、作者自身による漫画の独特なテイストとも相俟って、基本的には文学作品として読める。今日最も注目すべき作家が渾身の力を込めて書いた何とも脱力出来る作品を是非ともお楽しみ下さい。以上。(2005/06/09)
舞城王太郎著『煙か土か食い物』講談社文庫、2004.12(2001)
第19回メフィスト賞受賞作の文庫化。R.Chandlerのあの作品をベースに(で良いのか?悩む…)、作者の出身地である福井県の片田舎を舞台とした連続主婦殴打生き埋め事件に挑む若き救命医師の活躍(で良いのか?悩む…)を描く。独特の濃密な文体で、それこそ濃密な家族・親族を中心とする人間関係が描かれているのだけれど、何となく中上健次の作品を読んでいるような気分に陥った次第。物凄くふざけたこと(MS-IMEだと漢字に変換されない。イヤハヤ情けない。10数年来使い慣れてきたATOKを使うと最近の「秀丸」は落ちてしまうことが多いのでそっちは使ってない。改善よろしく。って、どっちもですよ。あ、話がそれている…)が書かれているようで、その実この人は基本的に純文学に極めて近い場所にいると思う。今日における取り敢えずの必読書である。以上。(2005/07/11)
霧舎巧著『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』講談社文庫、2003.06(1999)
第12回メフィスト賞受賞作にしてこの作者のデビュウ作。ペンネームを貰った島田荘司へのオマージュに満ちた、というか島田による幾つかの作品を繋ぎ合わせたような作品になっている。それはそれとして、質・量ともに大変優れた作品で、思わず唸った次第。テーマの掘り下げは『カレードスコープ島』が上、トリックはこちらが上、となるだろうか。まあ、描かれているようなことが現実に起きる訳は無いのだし、研究会のメンバーも余りにも漫画っぽいのだが、思うにミステリにしてもSFにしても何にしても、作家が構築した虚構世界の中に、読者が一応納得出来るような形でそれなりの一貫した論理性とか合理性とかが保たれていれば取り敢えず良いのである。以上。(2005/07/19)
山口雅也著『13人目の探偵士』講談社文庫、2004.02(1993)
1987年に刊行されたゲーム・ブック『13人目の名探偵』を元にして作られた書物の文庫化。「キッド・ピストルズ」ものの第1作と言っても良いだろうこの作品、基本的にデビュウ作な訳で、その後書かれる山口作品に表われる事になる様々なモティーフが既に多々含まれている点が今更ながら興味深かった次第。やがて『奇偶』(講談社、2002)に結実することになる量子力学への関心は当時から大層深かったようで、犯人にしてからが「猫」なのである。スープを巡る流れにやや違和感を抱いたのだが、変則ミステリの形を取りながらもきちんとした論理で構成された事の次第の謎解きはとても良く出来ていると思う。以上。(2005/07/23)
舞城王太郎著『阿修羅ガール』新潮文庫、2005.05(2003)
三島由紀夫賞受賞作。「2ちゃんねる」がモデルであるBBS「天の声」での呼び掛けから始まった中学生(=厨房=キッチン)狩り=アルマゲドンのさなか、酒鬼薔薇聖斗をモデルとする正体不明の「グルグル魔人」は猟奇殺人・動物殺傷を繰り返し、日々「陽治」という名の幼馴染への思いを募らせる主人公・アイコは同級生に殴られてこの世とあの世の境界を彷徨う。もう、何が何だか良く分かりません、って事はなくて良く分かってしまう自分が恐ろしい。まあ、これは大変な傑作である。ちなみに、劇中劇とも言える「森」の部分だけど、作者曰くラッセ・ハルストレム監督の『やかまし村の子どもたち』、『やかまし村の春夏秋冬』にインスパイアされた、ということだが、これはどう見ても浦沢直樹が創り出した不朽の名作コミックである『MONSTER』の劇中童話そのまんまだと思った次第。って、『やかまし…』その他を観ていないんだけどね。でもって、ちとGoogleで調べたところ、この2作品、あの傑作『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』の翌年位に製作されている。国内盤のDVDも出ているようで、これは観ないといけない。この作者、高校生のアイコがコーエン兄弟やタランティーノをリスペクトしているような設定にしていることから窺い知れるように(一見不自然な設定なのですが、考えてみれば、私も高校時代から学校を休んでその手の映画を観に行っていたくちではあるのです。)、私と嗜好が酷似しているように思う。以上。(2005/08/01)