森博嗣著『六人の超音波学者 Six Supersonic Scientists』講談社文庫、2004.11(2001)
瀬在丸紅子もの長編第7弾。山の中に築かれた超音波研究所で起きた奇妙な事件とその真相解明までを描く。超音波工学の薀蓄に関する記述が今ひとつ足りないように思ったのだが、一応真相にも絡む。エンターテインメント作品としてのバランスを考えた上でのことだろう。登場人物の台詞の端々に理系っぽさがにじむ端正な良作である。以上。(2005/04/05)
有栖川有栖著『まほろ市の殺人 冬 蜃気楼に手を振る』祥伝社文庫、2002.06
「幻想都市の四季」シリーズ中第4作目にあたる作品。基本的に真面目な作風の有栖川有栖が、倒叙形式に挑戦。ふとしたことで手に入れた3000万円と、それがもとで自分の兄弟を殺害してしまった男の犯罪が露見するまでを端正な筆致で描き出す。真幌市の海岸に時折発生するという蜃気楼をメイン・モティーフとしてうまく活かしつつ、コンパクトで味わい深い作品に仕上がっている。(2005/04/26)
浦賀和宏著『ファントムの夜明け』幻冬舎文庫、2005.03(2002)
メフィスト賞作家・浦賀和宏が2002年に発表したミステリ長編の文庫版である。一年前に別れた恋人・健吾が失踪。彼を探し始めた真美にはある異変が起こる。頭の中で誰かの声が聞こえる…、それは、幼いころに死んだ双子の妹がいつも言っていた現象だった。声は真美を死者へといざなう。いつしか真美は、健吾の失踪の背後にある真実に近づいていくのだったが…。この作家らしい、何とも暗くて切ない物語。テーマや真美の能力、あるいは明かされる真相にさほどの斬新さはないけれど、逆に言えばこれだけ古典的な手法で、よくもここまで読ませる作品が作れるものだと驚嘆してしまう。高いリーダビリティ、読者を最後まで引きつけて離さないプロット構築力はさすがである。以上。(2005/05/10)
首藤瓜於著『事故係 生稲昇太の多感』講談社文庫、2005.03(2002)
『脳男』により江戸川乱歩賞に輝いた栃木県生まれの作家・首藤瓜於(しゅどう・うりお)による、受賞後第一作の長編。元本は2002年刊。生稲昇太は22歳の愛宕(おたぎ)南署交通課巡査。正義感が強く、まっすぐな昇太は、南署のマドンナ・大西碧と付き合うクールな先輩・見目満男とコンビを組んで交通事故事案にあたる。そんな昇太の、日常を描いた作品。淡々とした描写の中に、生活感であるとか、社会の実相みたいなものがにじみ出てきていて、その辺はあの『脳男』の作者だな、と思う。割と珍しいタイプの、ややまったりとした趣を持つ警察小説である。以上。(2005/05/15)
Edmond Hamilton著 中村融編訳『反対進化』創元SF文庫、2005.03
『キャプテン・フューチャー』シリーズなどで知られるアメリカの小説家エドモンド・ハミルトンの、珠玉の短編を集めた作品集である。昨年『フェッセンデンの宇宙』という良く似た企画の書物が河出書房新社から同じ編訳者で出ていたが、そちらは未入手。当然中身はかぶっていない。間違いなく20世紀のSFを牽引した、とも言える作家なのだけれど、スペースオペラの書き手としてのハミルトンしか知らない読者には、各作品に使われている奇想天外なアイディアであるとか、恐らくは二つの世界大戦を経験したことからくるのだろう独特な文明観などには、ちょっとびっくりさせられることだろう。以上。(2005/05/16)
Italo Calvino著 河島英昭訳『宿命の交わる城』河出文庫、2004.01(1969-73)
尊敬してやまないイタリアの作家イタロ・カルヴィーノによる伝説的作品の文庫化。本書は基本的に、タロー(日本で使われている「タロット」という表記は明らかに間違い。ちなみにイタリア語ではタロッキという。)を兎に角机の上に並べていき、その絵柄を順番に(といって、かなり縦横無尽に)読み取ることで紡ぎ出された物語群、ということになる。そこには古典の教養が見え隠れしているのだが、要するにこれは古今東西の文学テクストを並べ替えて再構築したものという風にも読むことができるわけである。実に実に奥が深い。以上。(2005/05/17)
横山秀夫著『顔 FACE』徳間文庫、2005.04(2002)
読書好きから圧倒的に支持された『半落ち』や『クライマーズ・ハイ』といった長編などで知られる横山秀夫による、平野瑞穂巡査を主人公とする警察小説連作短編集の文庫版である。元々は『問題小説』に掲載された5篇を収録。2003年には仲間由紀恵+オダギリジョー主演でTVドラマ化されているので、ご存知の方も多いだろう。似顔絵捜査官を主人公に据える、という目の付け所自体が、さすがは横山秀夫、と評すべき事柄。この素晴らしい書き手、次々と優れたものを世に送り出しているにも関わらず、不遇にも各賞候補で終わっていることが多いのだが、いずれ大きな賞をとる日も近いと思っている。ただし、直木賞以外、ではあるが。以上。(2005/05/20)
池田清彦著『新しい生物学の教科書』新潮文庫、2004.08(2001)
数多くの著作を持つ生物学者・池田清彦による、検定教科書ないしは教科書検定制度批判の書である。基本的には日本国内の主として高等学校で用いられている「生物」の教科書における記述についてその妥当性を吟味しながら、生物学のほぼ全領域について最前線の情報を盛り込みつつ綴った書物である。取り敢えず、生物学についての知識は増えたし、検定制度の問題点も理解出来たのだが、問題は本書の記述が、池田が主張する「構造主義生物学」を前提にしているにも関わらず―要するに、「構造主義生物学の立場からは…となる。」という記述が頻出する―、それについての説明がきちんとなされていないことにある。確かに、科学というものは「ある一つの立場から合理的かつ妥当性のある論述を行なうもの」であるとは思うのだが、だからこそそのある一つの立場を何故採用するのかが説明されなければならないと考える。様々な学説が併記されているのは良いことなのだが、それらについて、構造主義生物学的には間違い、と言われてもこれでは納得出来ない。増補を期待したい。以上。(2005/05/30)