石持浅海著『アイルランドの薔薇』光文社F文庫、2004.09(2002)
愛媛県出身の作家・石持浅海(いしもち・あさみ)による、デビュウ作にして第1長編である。元本はカッパ・ノベルス刊。舞台はアイルランド共和国。南北アイルランドの統一を目指す武装勢力NCFのメンバ3名は、今は亡き同士の未亡人が経営するスライゴーのロッジに投宿するが、副議長が他殺体で発見される。投宿者は全部で8人。NCFの生き残り2名は他の宿泊者を拘束。やがて宿泊者の一人である日本人科学者フジの提案で、殺人事件の真相解明が開始されるのだが…、というお話。何やら難しいシチュエーションの小説だな、と思ったのだが、読み終えてみればかなりすっきりとした仕上がりで、その整理能力、人物造形力はかなりのものであることがうかがえた次第。この先何を書いてくれるのか、非常に楽しみな作家である。以上。(2004/12/07)
芦辺拓著『怪人対名探偵』講談社文庫、2004.12(2000)
第1回鮎川哲也賞を受賞した『殺人喜劇の13人』から10年、誠にヴァラエティに富んだ作品群を生み出してきた芦辺拓(あしべ・たく)による、江戸川乱歩へのオマージュ的な本格ミステリ活劇大長編である。奇想と外連に満ちた描写がたっぷりなのに、本格ミステリなところが凄い。なお、本作品は森江春策(もりえ・しゅんさく)シリーズの1冊なので、旧作は講談社文庫に入っている『13人』も含めて少々読んでおくと良いかも知れない。これだけでも十分楽しめることは保証する。以上。(2005/01/03)
James P. Hogan著 内田昌之訳『揺籃の星 上・下』創元SF文庫、2004.07(1999)
イマニュエル・ヴェリコフスキーが書いたトンデモ本『衝突する宇宙』(法政大学出版会、1994年に改訳版が出てます。)を下敷きにした、かなり意図的に世紀末という時期に刊行された最終的に三部作になるらしい作品群の第1弾。木星から飛び出した小惑星アテナ(まあ、これ自体があり得ないわけで…)が地球に接近、天は怒り、地は裂け、という状況における人々の右往左往振りを描く。元ネタの『衝突する宇宙』と同じく、『聖書』の記述は基本的に事実に基づいたものだ、という「聖書原理主義」の立場が貫かれていて、あのウルトラ合理主義者のHoganが何で今更、と誰しもが思うはずなのだが、何でそうなったのかという辺りの事情めいたことについての推理は解説にも書かれているので詳しくはそちらをご覧下さい。と言って、それを読んでも、解説者の金子隆一と同様、基本的に全く納得いかないわけだが…。これではあんまりかも知れないので断っておくと、本書はパニック小説としてはとても良く出来ています。以上。(2005/01/07)
麻耶雄嵩著『まほろ市の殺人 秋 闇雲A子と憂鬱探偵』祥伝社文庫、2003.06
さりげなく刊行されていた4人による競作である、「幻想都市の四季」シリーズ中第3作目にあたる作品。題名からして巫山戯ているので、中身もそうとう巫山戯ている。まあ、これはこれで良いのだ。麻耶は最初から人間を描く気はないわけで、ここでも徹底的な記号化が図られている。ある意味、記号の次元に解体し去ることで、ひるがえって人間存在という実のところ極めて描写しにくいものがものが表象できている気もするのだが…。そんなところで。(2005/03/03)