大江健三郎著『取り替え子(チェンジリング)』講談社、2000.12
ノーベル賞作家・大江健三郎の最新作は、高校時代からの親友であり義兄でもある故・伊丹十三との交流を描くある意味で伊丹及び大江自身の評伝とも言い得る作品。すなわち、本作では伊丹をモデルとする「塙吾良」なる人物の不可解な自死、暴力団との孤軍奮闘、映画製作、女性遍歴が、時系列を無視しつつも誠に整理された形で極めてあからさまに語られ、これに大江をモデルとする「長江古義人」なる人物の受けた/受けているジャーナリズムからの攻撃、右翼との孤軍奮闘、作家活動に関する記述が重ねられていく。勿論、以上の事柄は、あくまでもこれが大江と伊丹をモデルとした小説なのでどこまでが事実なのかは不明。
さて、本作品の基本的なモティーフは、これまでの作品と同様に、膨大な数にのぼる人類学のテクスト読解からインスパイアされたのであろう〈死と再生〉である。ヨーロッパの民間伝承である「取り替え子(チェンジリング)」(妖精がさらっていった子供の替わりに置いていった者、という意味。基本的には、周縁的存在=異人と見なされるのではないかと思う。)がこれに重ねられ、それこそ実体験に基づいた極めてリアルな小説に、神話的イメージを醸し出す。そういったことも重要なのだが、ごく私的には晩年は映画監督として旺盛な活躍をした伊丹十三とはこのような人物であったのか、と感慨深く読了した。(2001/03/25。2003/06/15に改訂。)