奥泉光著『鳥類学者のファンタジア』集英社、2001.04
感動した。素晴らしい作品だ。

この作品は、庄内平野が生んだ稀代の小説家・奥泉光(おくいずみ・ひかる)による、音楽・猫・ロンギヌスの槍(!!!)を中心的モティーフとする冒険小説であり、かつまた20世紀末の日本と1944-1945年のドイツを行ったり来たりする時間テーマSF小説である。

猫が登場する時間テーマSFと言えば、言わずと知れたRobert A. Heinleinの超傑作『夏への扉』(ハヤカワ文庫刊。本棚の奥の方に埋まっているので刊行年不詳。どうでもいいけど、これは必読書です。)が思い起こされるけれど、さすがにあの作品を超えたなんてことは言い得ないし、この本の作者もそこまで言うほど傲慢な方ではないことは明らかなので、これはあくまでもパロディ精神によるもの。

そう、本書全体が「フォギー」という自称他称を持つ女性ジャズ・ピアニストの軽妙かつ洒脱な一人語りからなっていて(ちなみに、センテンスが長いのがこれまた面白い。)、1944年のドイツなどという重くて暗い状況を描きながらも、その文体は誠に明るい。それどころか、随所に挟まれたギャグには、その質は問わないとしても(私もたくさん所有している「武富士」のポケット・ティッシュ・ネタだの、自作である『「吾輩は猫である」殺人事件』への言及は笑えました。)、少なくとも量の点から言えばただただ圧倒されるばかりなのである。

そうそう、本書の基本的な造りはメタ・フィクションの手法を駆使した『「吾輩は猫である」殺人事件』(新潮社、1996)や『グランド・ミステリー』(角川書店、1998)に確かに近いのだけれど、今回はこの2作ほどの分かり難さはなく、すっと胸に落ちる。要するに、489頁に書かれた、ジャズとはどういうものであるのかを奥泉がどう考えているか(詳しくは本文を参照のこと。)、ということが、結局のところこの作者が490頁を費やして述べようとしたことなのだと、お終いまで読むことによってスッキリと納得されるのである。

ジャズへの言及ついでに述べると、モダン・ジャズの薫陶を受けたジャズ・ピアニスト・フォギーが物語の最後に1945年春のニュー・ヨークを訪れ、モダン・ジャズの創始者であり担い手であるミュージシャンたちとセッションを行ない、これがモダン・ジャズ誕生に寄与した、という円環的図式には、時間テーマSFならではの楽しさを見出すことが出来るのであった。

なお、この作品にタイトルにある「鳥類学者」は登場しないが、本作品が鳥=bird=Charlie Parkerへのオマージュとなっていることを付け加えておこう。ついでだけれど、本作品の主要登場猫の名は「パパゲーノ」であり、これがかのW.A.Mozartの楽劇『魔笛』においては「鳥刺し」という、私が未だに良く分からない職業の人物の名前でもあることも述べておかねばならない。以上。(2001/06/23)