吉田正紀著『民俗医療の人類学 東南アジアの医療システム』古今書院、2000.06
1980年代半ばにスマトラ島北部でフィールド・ワークを行なった医療人類学を専門とする同著者が、イリノイ大学に提出した学位論文の日本語版である。
その概要を簡単に示すと、インドネシア共和国という多民族国家の一地方もまた数多くの民族集団によって構成されているわけなのだが、そういう場所=文化・社会的コンテクストにおいて、基本的に治療者とクライアント両者の相互関係である民俗医療がいかなる形で実践されているのかを具体的な形で示した貴重な書物である、ということになろう。
つまり、本書を一読する限りスマトラ島北部の民俗医療には我々研究者ないし日本人が「信仰」なり「呪術」と見なしている行為が含まれているのだが、そうだとするとそれが成立するには、いささか時代遅れな機能主義人類学の見地を復活させるならば、それが機能すべき病気観・世界観・死生観・霊魂観・災因論その他が治療者とクライアントに共有されている必要がある、ということになるのだろうけれど、先に述べたような多民族なコンテクストではそう簡単にはいかないわけで、その中を治療者とクライアントどちらもが、最善の治療手段を求めて極めてダイナミックに移動する、あるいは活発に情報収集を行なう、という脱機能主義的図式が本書では明白に示されることになる。誠に示唆的である。
なお、一つ付け加えるに、民俗「医療」とはいいながら、実のところそこには既に述べた通り研究者が「呪術」と名付けるような行為も並行して行なわれており、それらを截然と分けることの難しさ、ということは当然のことながら治療者=ヒーラーと治療行為にも携わるシャマンなどとを区別することの難しさ、あるいはそうすることの意義(現地の人々にとって、そして研究者にとっての両方である。)について再考させられた次第である。以上。(2002/03/30)