村上龍著『半島を出よ 上・下』幻冬舎、2005.03
恐らく本年最大の問題作ということになるのだろう村上龍による途轍もなく政治的な大長編小説。個人的には最高傑作だと思う『愛と幻想のファシズム』(1987、講談社。現在は講談社文庫。)以来の上下2冊仕様で、その膨大な紙数にも関わらず読み出したらやめられない面白さをも兼ね備えた作品となっている。
主な舞台は2010年の福岡。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「反乱軍」を名乗る約500名が福岡市に上陸し同市を制圧。何もしないというか出来ない日本政府とは裏腹に、日本社会から落ちこぼれた若者達が一種のゲリラ戦法により「反乱軍」の排除を目指し、その活動を展開する、というお話である。
確かに間もなく起きる可能性のある日本の財政破綻や、今日と変わらない外交手腕の無さという二つの条件を背景とした、ひょっとして起こり得るかも知れない状況設定の巧みさには舌を巻く他は無い。そうそう、別に一部の強硬派が唱えるような軍備増強の必要は無いわけで、要するに財政面をより強固なものにし、外交力を鍛えることで、北朝鮮その他との関係は基本的に安定する、というのがこの小説の基本主張だと考えた次第。
それがうまくいかない場合、結局この何とも情けない国を救えるのはそこからはみ出した若者達、つまりは松田龍平主演で映画化もされた『昭和歌謡大全集』(1994、集英社。現在は幻冬舎文庫。)の登場人物の生き残りイシハラが面倒を見ている少年・青年達=「イシハラ・グループ」しかあり得ない、というあたりも実に村上的なもので、味わい深い所である。
「反乱軍」に属する北朝鮮の軍人達一人一人を、血の通う人間として見事に描写したことも特筆すべき点であるのだが、上記「イシハラ・グループ」に属する個々人の人物造形こそがやはりこの小説最大の読み所だろう。特に、様々な虫や爬虫類・両生類を飼育し操るシノハラなる少年の持つインパクトは圧倒的なものだ。次はシノハラ・グループで一冊、というのも一つのアイディアだと思うのだけれど、ちと安易だろうか。以上。(2005/05/29)