高村薫著『晴子情歌 上下』新潮社、2002.05
超寡作作家・高村薫が放つ書き下ろし純文学超大作である。これまでの作品は、純文学的テイストをあちこちにちりばめつつも一応ハードボイルドないしサスペンスという形式をなんとか保っていて、エンターテインメント文芸のはじっこ位に位置していたと思うのだけれど、この作品はそれを全く払拭。とうとう主流文学へと踏み込んでしまったことになる。
舞台は大正期から昭和末の日本。主人公は福澤晴子・彰之親子。物語は、東京で育ちその後青森県は野辺地へと移り住み、同地において国会議員を輩出するほどの力を持つ「福澤家」の奉公人からやがては同家の三男坊・淳三の妻となり、淳三が結婚前にとある女性に「産ませていた」娘と、淳三の出征中に長男・榮との間に「産み落とした」息子という二人を育てることとなる一女性・晴子が、その息子・彰之に送り続ける旧仮名遣いの書簡と、まあ一応それを読んではいるのだが返事を書くことなど決してない漁船員・彰之の記憶と現在進行形の事象がない交ぜとなった一人称の思考それぞれが、交互に記述されることによって綴られる。
John Irvingだの中上健次だのの作品を思い起こしつつ読んでいたのだけれど、親子二代ないし三代にわたる滔々とした時代・時間の流れを、青森県は野辺地に君臨する福澤家という奉公人を大量に抱える大家族を含む社会構造や、青森県・北海道周辺の海域で行なわれてきた漁業活動についての恐るべき密度を持った描写を組み込みつつ再構成して見せたその力業に、畏怖すら感じた次第である。恐れ入りました。まあ、このくらいにしておきましょう。(2003/04/06)