押井守監督作品 『イノセンス』
士郎正宗の漫画である『攻殻機動隊』シリーズの設定その他を基にした押井守が監督したアニメーション作品『GHOST IN THE SHELL -攻殻機動隊-』(1995)の続編にあたる、こちらは押井が脚本・監督の両方を手がけた長編アニメーション作品である。
以下概要。某社製愛玩用少女型ロボットによる暴走・殺人・自壊事件が多発する中、おなじみ「公安九課」所属のバトーとトグサが同事件を担当することに。この映画の基本プロットは極めて単純なもので、前作でネットの彼方へと消えた同僚・草薙素子への「思い」を断ち切れず、あたかも押井監督による実写映画AVALONの主人公・アッシュ同様に自室で犬を飼う身体のほとんどを機械化している本作の主人公である「サイボーグ」バトーが、生身の肉体を改造していない「家庭人」トグサと共に様々な妨害に会いながらやがては某社の本拠地に潜入し真相を解明するまでを描く。
このように話自体は単純なのだが、この映画、実のところ極めて難解。何しろ、冒頭でVilliers de L'isle-Adam(ヴィリエ・ドゥ・リラダン)作『未來のイヴ』からの引用がテクストという形式なされるのをはじめとし、作中では『旧約聖書』『論語』といった古典から18世紀の人間機械論にいたるまでのおびただしい引用を含む対話がこの作品の根幹となっているのだ。
この作品内で語られているのは、誠に深遠な思索ないし思想なのであって、とても一度鑑賞しただけでは全てを把握することが不可能なほどのもの。出来ればいずれは刊行されるはずのテクストの形で読みたいところなのだが、まあ取り敢えずまとめておくと、基本的には<何故に人は自分の似姿(=人形、ロボットその他)を作り続けてきたのか>、という問題を発端として、それでは生命と非生命の境界とは、あるいは生命とは一体何であるのかという問題、あるいはまた知性と非知性の境界とは、そしてまたそもそも知性とは一体何であるのかという問題、さらには現実と仮想現実の境界はいかにして決定され得るのか、ひるがえっては現実とは結局何であるのか、等々といった事柄が長々と論じられる。
CG技術の進歩に負うところが大きい恐ろしく手の込んだアーティスティックとさえ言い得る極美映像を堪能し、鳥や魚、そして海や空といった象徴的モティーフの明らかに意図的な散りばめ方具合に眼をこらしつつ、さらには基本的プロットやアクション・シーンを愉しみながら深遠な思想の一端に触れる、という様々な見方が可能な、極めて奥行きのある作品である。以上。(2004/03/10)