石井研士著『戦後の社会変動と神社神道』大明堂、1998.6
國學院大學に勤務する著者による「神社神道」論である。要は、戦後の都市人口の増大やその逆の農漁山村人口の減少、あるいは核家族化に象徴される家族形態の変化等の「社会変動」が、「神社神道」にいかなる影響を及ぼしているのか、という点については様々な論者があちこちで色々なことを言っているにも関わらず、それらは印象論の域を出ておらず、「実証的」な研究はほとんどなされていないので、それを試みた、ということになろうか。第2部実証編で提示されたデータは、森岡清美その他の研究者による調査、NHKや新聞社その他による世論調査、神社本庁及び各県神社庁自体による調査が大半を占めている。また、石井独自の調査は基本的にアンケートによるもので、対象は東京都内の神社関係者にほぼ限定されている。東北地方の農漁山村に入り込んで祭祀集団などについて細かなデータ収集をしてきた私にとっては、以上のような極めてマクロな調査法で「神社神道」の何が分かるんだろう、という疑問を抱かずにはおれないのだが、反対に私のようなことを続けていてもいつまで経っても日本国内全体の話は出来ないのだから、こういう研究があっても良いのかも知れないとも思う。両者のすりあわせが将来必要になるのではないかと考えた次第である。
やや気になったのは「神社神道」なる語なのだけれど、これについての定義づけが本書では行われていない。そんなことは常識だから書かなくても良いのだ、と考えておられるのかも知れないが、神社と一言で言っても一つの家で祀っているものから伊勢神宮や明治神宮(ところで「神宮」って「神社」なのだろうか?)のようなものまで規模や質の点でとんでもないヴァリエーションがあるわけだし、そもそも、今日神社と一応呼ばれていてもかつては末派修験院だったりして、その影響が残っている事例を私はたくさん知っている(神職が「法印さん」と呼ばれていたりする。)。少なくとも「国家神道」(今日もないとは決して言えない。もしないとすると、あの大嘗祭は一体なんだったのだ、ということになる。)、「神社神道」、「民俗神道」(宮田登の言うような。)、「教派神道」(これは少しずれるかも知れないが、教派神道系の教団で神社を持っているところは結構あるように思う。)、「古神道・復古神道」みたいな大まかな分類を示して、それぞれをきっちり定義した後に、本書では「神社神道」に議論を限定する、というような添え書きがあれば、本書の扱う範囲がはっきりして、論点も明確になったのではないかと思う。もう一つ、全体に「実証的な研究がなかった」という文面が目立つのだけれど、本書は結局のところ、実証的な「神社神道」研究書というよりは、「実証的な研究がなかった」ことを言いたいがために、あるいは「実証する」ために書かれたのかな、という印象を受けてしまった。考えるに「神社神道」に関する「実証的」な研究は別になかった訳ではなく、地方誌のような形でかなり蓄積されているのだが、全体をまとめるような作業が恐らく余りにも大変だ、という理由で行われて来なかった、あるいは行われているにしてもそれがいちいち事細かに事例を提示していないがために印象論的になってしまっているだけなのではないかという気もする。ともあれ、神道研究には私も深くコミットしていく予定なので乞うご期待、ということで終わりにしたい。(1998/10/20、翌日少々加筆。)