山下晋司編『観光人類学』新曜社、1996
少し前に出た本であるが既に第3刷、かなり広く教科書として採用されているのではないかと思われる良著である。本書が成功しているのは、結局のところ「観光」を巡る諸問題に関して、人類学の本領である「具体例に則して語る」という方針が一貫されているためではないかと思う。ただ、特に後半の幾つかの論考の中で、先進国の人間による「観光」とのせめぎ合いによって創り出される「観光」される側の「文化」を、必ずしも「伝統文化の破壊」、あるいは「伝統文化の捏造」といったネガティヴなものとして扱うのではなしに、「観光」される側の社会の人々のしたたかさや、文化創出力を表すような、むしろポジティヴなものとして扱うべきではないか、という視点が随所に現れる。それを認めるのはやぶさかではないのだけれど、「観光」資源としてそれこそ「消費」されるしかない人々が存在していること自体は、そんなに健全な状況ではないということだけは述べておきたいと思う。まあ、そういう視点で書かれている論考も何本かあるので、全体としてのバランスは取れているようにも思うけれど、どうせなら一つの社会について意見を異にする論者が議論を戦わせる、というような事があってもよかったのではないかと思う。唯一バリ島については、永渕康之と山下晋司がかなり印象の異なる描き方をしていて、この辺りの議論がさらに発展すると「文化伝統」だの「文化の政治性」といった事についての分析枠組みや解釈枠組みがさらに深められ、精緻なものになっていくのではないかと感じた。そういう意味で、「観光」とは、今後分析対象として益々重要度を増していく可能性のあるものなのだな、という印象を受けた次第である。(1998/04/25)