山口雅也著『生ける屍の死』創元推理文庫、1996(1989)
いやー、面白かった。「帯」によると宝島社の『このミス'98』でここ10年間の国内推理小説部門第1位となった作品だそうだが、これならうなずける。個人的には同じく「死」を、全く別の観点(とはいえ、共通点も多い。)から扱った笠井潔の『哲学者の密室』の方が好きなのだけれども。
舞台はニューイングランド州のとある霊園である。アメリカにおける現代葬式事情を背景に、「死者が甦ることが日常化した世界」における「連続殺人事件」と、その謎解きをする自らも「死者」となったパンク探偵・グリンの「活躍」を描いている。先日「祖先祭祀論」を上梓した私だけれど、そこでも引用したP.アリエスだのP.メトカーフ&R.ハンティントンだのがふんだんに引用されていて、この作家の出自は一体どの辺なのだろうかと考えてしまった。さらには、なんだかすごくさらっと読めてしまうのだが、キリスト教における「罪」、「審判」、「死」、「復活」といった、基本的であるが故にかえって作品中などでは扱うのが難しいと思われるモチーフに対する意味付けは、物凄く妥当なように感じられ、こうしたキリスト教文化に対する理解が作者の中でもかなりのところまで詰められているように思えた。ただ、エピローグにおける、これはもう常識の部類に入る事項なのではないかと私などは考えている、エロスとタナトスを巡る言説はやや凡庸な感じもしたのだが。
なお、著者は法学部出身ということだけれど、英米文学は相当読み込んでいるように思う。ヴェトナム戦争への言及などからT.オブライエンを、メタ・ミステリー的な要素の濃厚さからP.オースターをそれぞれ想起しながら読んでいた。
付け加えると、エピローグの冒頭にN.ヤングの楽曲からの引用があったりして、思わずJ.デップ主演、J.ジャームッシュ監督の映画Dead Manを思い出してしまった。あれもアメリカを舞台にした、生きているとも死んでいるとも言えない、どっちつかずの状態に陥った男の魂の彷徨を扱った極めて印象的な作品であった。あの映画のバックに流れていたのがN.ヤングのギターだったわけだ。まさか、ジャームッシュが山口を読んでいるとは思えないのだけれど。(1998/03/03)