篠田節子著 『弥勒』講談社、1998.9
基本的には『ゴサインタン』の延長線上に位置する作品である。主人公はヒマラヤの架空の小国「パスキム」の政変の臭いをかぎつけ、その宗教文化財を保護、あるいは持ち出すべく単身同国に乗り込むのだが、いきなり悲惨を究めるキャンプ生活に投げ込まれることになる。中盤の(しかも話のほとんどを占める。)、西洋近代文明も、パスキム王国の伝統文化も否定し、完全な平等社会を構築しようとする独裁者「ゲルツェン」率いる「パスキム解放戦線」の一連の改革とその崩壊は、例えばカンボジアの政変を扱った映画「キリング・フィールド」における「ポルポト派」の強制収容キャンプ生活の描写から多くを借りていると思うのだけれど、なかなかに生々しく、圧倒される。此の作品に瑕疵があるとすれば、導入部のやや無理矢理な持って行き方と、これまたやや尻切れトンボな感じのラストなのだろうけれど、中盤の濃密な記述はそれを補って余りあるものだと思う。文化相対主義も近代合理主義もアンチ近代主義もそれぞれに問題を抱えており、それが今日世界各地で起きている様々な形での「悲惨」を産み出しているように思うのだけれど、本書における篠田の問題認識はかなり的確なものであると言えるだろう。男性の人物造形にも磨きがかかってきた。それは措くとしても、兎に角、「政治と宗教の相克」という極めて微妙な問題に正面から取り組んだ誠に力強い作品である。是非ご購読の程。(1998/12/05)