Paul Auster著 柴田元幸訳『偶然の音楽』新潮社、1998.12(1990)
コロンビア大学出身のユダヤ系作家・Paul Austerの長編。初期の作品のような実験性は影をひそめ、1990年代に創られることになるこの人が原作のみならず監督までしてしまう一連の映画のように分かりやすいお話である。そうそう、訳者あとがきによれば、この小説も映画化されているそうで、日本国内では未公開ながらヴィデオが販売されているらしい。蔦屋さんにあるだろうか?

 
それは措くとして、妻に逃げられ、職を辞し、そうしてアメリカ国内を赤いサーブで放浪するうちにある「ポーカー打ち」(そんな言葉があるかどうかは知らないが。)と知り合い、いつしか宝くじで一躍大金持ちとなった二人の男のもとでアイルランドから運んできた石を利用した壁作り労働に従事させられる羽目になり、というプロットには、近年のアメリカ文学や、ひいてはアメリカ映画のエッセンスがぎっしりと詰め込まれているように思う。それがどういうものなのかを説明するのは大変困難なものではあるけれど、強いて言うならば、感傷的でもなく、絶望的でもなく、ましてや怒りをぶつけるというわけでもない、というものだ。取り敢えずはこのような説明しか出来ない。

 
Austerについては色々と述べたいこともあるのだが、ここではこの人がかのコロンビア大学でどうやら文化人類学を学んでいたこと、そうしてそれは、本書の訳者あとがきで初めて知ったのだが、この人がフランスの人類学者・Pierre Clastresの著書の英訳などということをしていたことから推測出来るということを書き加えておきたいと思う。(但し、これはあくまでも推測で、単に彼の翻訳業の一環に過ぎない、という可能性もある。)余り作品に反映されていないように思うのだが、現代アメリカ文学の担い手には、何故か文化人類学を専攻したことのある作家達が多い、という事実は、なかなかに面白いことである。(2001/02/28)