Phillip K. Dick著『ライズ民間警察機構』創元推理文庫、1998(1964-1984)
副題は「テレポートされざる者・完全版」である。邦題からしておなじみの「警察国家もの」かと思うと、むしろ「パラレルワールドもの」の部類に入る作品である。「完全版」というのは別に故Dickの意志を踏まえたものではなくて、訳者及び出版者が勝手につけたものであって、むしろこれは正直に「テレポートされざる者・第3版」とするべきではなかったかと思う。つまり、この作品の中では、その重要な小道具となっている作中作、『真説ニューコロナイズドランド経済政治史大全』というものがヴァージョンアップされていくプロセスと、「現実」がそれに伴って変化していくプロセスが並行して(実はかなりぐちゃぐちゃなのだけれど。この作品の脈絡のなさは数ある作品の中でも群を抜いており、見事という他はない。)描かれていく。夢野久作の『ドグラマグラ』を想起していただければ良いのだが、作中作が実はその作品自体(『ライズ民間警察機構』)を指している、という手法がここでは用いられているわけである。だからこそ、「現実」に、『テレポートされざる者』のヴァージョンアップが幾度も行われてきており、それによって「現実」また変化しているのだ、などと考えると、実に楽しいように思うのだけれど、いかがだろうか。「小説」は「現実」のパロディなのか、あるいはその逆なのか。この辺がDickが追求していたテーマの中でも極めて重要なものだったようにも思うのだが。まあ、ともかくも手に入りにくいサンリオ文庫版とはちょっと違った形とはいえ、この作品が極めてたやすく入手出来るようになった事自体は素直に喜びたいと思う。(1998/03/28)