河西英通著『東北 ―つくられた異境』中公新書、2001.04
地勢学上の東北地方に関するイメージの醸成、あるいはそれを巡る政治的力学の様々なる動きを、藩政期から概ね昭和初期頃までの文献に示された言説から浮き彫りにしようとする好著である。コンパクトな書物だけれど、集められたデータ量は途方もないもので、感動すら覚えた次第。他者認識・自己認識の交錯によってそれこそ「つくられる」地域ナショナリズム、あるいは日本国という国民国家レヴェルのナショナリズムが抱える諸問題、という辺りの議論をさらに深めなければならないと思った次第なのだが、それには数倍の頁が必要だろう。東北日本のシャマニズムなどというテーマで学位をとってしまった私の言説もまた、「東北」イメージの変形その他に荷担してしまっているのかも知れない。と言いつつ、私の言う「東北日本」は地勢学上のもので、そこには確かに類似のシャマニスティックな宗教文化が広がっているのも、事実なのである。「そうなんだからしょうがないじゃん…」、とやや投げやりな形で、終わりにしよう。(2002/12/19)
荒俣 宏著『陰陽師 ―安倍晴明の末裔たち』集英社新書、2002.12
未だ醒めやらぬブームのただ中にあるように思う「陰陽道」ないし「陰陽師」であるけれど、本書は碩学・荒俣宏が、主として自ら出向いて調べ上げた、ちょっと前あるいは今日の日本に存在する陰陽道の痕跡その他を丁寧にまとめ上げたものである。扱われるのは、吉備の「上原大夫」、金光教、土佐の「芦田主馬大夫」、高知の「いざなぎ流」等々。民俗学者や宗教学者が見習うべきとんでもなく綿密かつ丹念な調査、そしてなによりも対象への思い入れの深さがにじみ出るその叙述には、いたく感動した次第。日本文化と一口に言っても、まだまだ解明されていない部分は多々あるのである。以上。(2003/02/15)
吉永みち子著『性同一性障害 ―性転換の朝(あした)』集英社新書、2000.02
やや前に出た本だけれど、とある事情により一読。本書は、結局のところなぜそういうことが起きるのかは医学的・生理学的に解明されていないらしい、「性同一性障害 gender identity disorder」に関する様々な問題を簡潔かつ要領よくまとめ上げた好著にして、この問題を考える上での必読書である。性同一性障害とは、本書の記述に従えば「肉体の性と頭の性が一致しない」(p.27)事態、状況を指すのであり、これに付随して当の本人には様々な問題が生じることとなる(詳細省く。)。それを解決すべく行なわれる性転換手術が医療行為として日本国内において初めて実施されたのが1998年で、これがマスコミその他で大々的に取り上げられた結果、確かにそのような「事態」(同著者も言うように、確かに「障害」という呼び方には語弊がある。)に関する関心は高まったとは言いながら、実際には身体レヴェルでの性転換を希望するトランス・セクシュアル(TSというのだそうだ。)はむしろ少数で、実際には書類上、あるいは社会的レヴェルでの<本人がそうだと考えている性>で生きられることを望む人々、あるいは心理学・精神医学的レヴェルでの解決を望む人々であるトランス・ジェンダー(TGというのだそうだ。)の方が実際には多数派なのだということが理解されていない、という辺りの記述が、大変重要なのではないかと考えた次第。更には、このところ頻繁に新聞報道されている通り、戸籍等々の書類上の性別が本人の自認する性と一致していないのにも関わらずそれを書き換えることが現時点で法的に不可能であること、ないしは各種書類や身分証明書等々にそもそも性別が書き込まれている、あるいは書き込まなければならないといったこと自体が、どうやら非常にまずいことなのであって、こういうことは早いところ解決しなければならないと考えたのであった。以上。(2003/03/13)