綾辻行人著『暗黒館の殺人 上・下』講談社ノベルス、2004.09
所謂新本格ミステリ作家陣の中核とも言える存在である綾辻行人による「館」シリーズ第7弾の大長編。同シリーズの前作『黒猫館の殺人』が1995年の上梓だから、かれこれ9年の歳月を経てしまったことになる。取り敢えず、本作は「ミステリ作家・綾辻行人ここにあり」、と言い得るような、ヴォリューム、完成度共に圧倒的なものを感じさせる作品となっていることを述べておこう。適度な怪奇趣味、巧みな誘導、密室トリック等々、読みどころは満載。まあ、あんまり色々書くとネタ晴らしになるのでやめておく。尚、私が本書において最も興味深く思ったのは、奇形や近親相姦というテーマ群への拘り、そして物語の中核をなす不死性を巡る叙述であった。この辺りの問題群に関しては、もっと衒学的に、更に色々なことを詰め込めた気もするのだが、それをしないところがこの作家の持ち味なわけで、あくまでも全体の流れを損なわず、それでいて深い余韻なり感慨なりを残すための計算をきっちりしているな、と考えた次第である。以上。(2005/01/08)
森博嗣著『迷宮百年の睡魔 LABYRINTH IN ARM OF MORPHEUS』幻冬舎ノベルス、2004.03(2003.06)
新潮社から単行本が出ていたけれど、あっという間に新書に。本を置く場所が無くなっている私にはありがたいのだが、それは兎も角、と。本書はサエバ・ミチルもの第2弾で、この名前から何となく分かる通り、第1弾同様にサイバー・パンク(森的にはサイバ・パンクなんだろうけど。)のテイストを加味した、時代を22世紀初頭に設定した長編ミステリである。とある島にある「モン・ロゼ」なる宮殿で起きた一応密室と見なせる状況での殺人らしきことが描かれ、本書の中心テーマとも言える「身体とは誰のものか?」という問題に絡めた真相解明が行なわれることとなる。取り敢えずはなかなかに味わいのある作品だと思う。
ちなみに、英語タイトルには若干問題というか含蓄があって(間違いではなく、むしろわざとだと思うのだが…)、「ぐっすり眠って」みたいな意味の慣用句として用いられるのは‘in the arms of Morpheus’というものだということは述べておこう。そんなところで、以上紹介まで。(2005/01/21)
島田荘司著『龍臥亭幻想 上・下』カッパ・ノベルス、2004.10
1996年刊行の傑作『龍臥亭事件』(カッパ・ノベルス)の続編。あの陰惨な事件から8年ぶりに龍臥亭に再び集(つど)うこととなった石岡和己・犬吠里美・加納通子が遭遇する神隠し事件・バラバラ殺人その他と、御手洗潔・吉敷竹史という2大キャラクタによる推理その他を描く。バラバラ殺人からそのキャリアを開始したと言って良い島田荘司がその原点に立ち戻るかのような作品となっている。まあ、ややバレバレな感はあるのだが…。その点は兎も角として、江戸期から伝承される「森孝魔王伝説」だの、「登戸研究所」でのとある実験などをサブ・モティーフとしてうまく使いながら、巨大な物語を作り上げる力量はさすがの一言に尽きる。やや自作のパロディ小説的なところもあるけれど、島田テイストとも言うべきものを十分に堪能できる佳品となっている。以上。(2005/02/04)
浜本隆志著『魔女とカルトのドイツ史』講談社現代新書、2004.02
本書は、ドイツで最も激しかったという魔女狩りやナチズムを「カルト」=「集団妄想によって引き起こされた異常な宗教的・社会的行動」(p.3。著者独自の概念規定。)として捉え、何故にそのような現象がドイツという地でかくも巨大な動きとなったのか、という問題を文化史的観点から論じたものである。様々な「カルト」に共通する、カリスマへの妄信的な信奉、外部者の排除、暴力性などを抽出しつつ、その根底にはゲルマン文化の持つ「非合理的特性」があるのではないか、とする。他の要因も絡んでいるのだとは思うのだが、これはこれで卓見だろう。以上。(2005/02/04)