川上弘美著『センセイの鞄』平凡社、2001.06
谷崎潤一郎賞を受賞した、芥川賞作家・川上弘美による「恋愛」小説。「恋愛」に括弧を付したのは他でもない、この小説を読むと、そもそも「恋愛」とは何だったのかが良く分からなくなる、というよりは、元々分かっていなかったことが良く分かるからである。まあ、それはさておき、作品の紹介に移ろう。
この小説は、30代後半の独身OLが、「駅前の一杯飲み屋」で30歳ほど年上である高校時代の国語教師と再会し、やがては性交渉に至るまでを、淡々と、かつまたこの作者特有の何ともほのぼのとした筆致で描いたものである。まあ、そんだけですね。ということで、これで終わりにしても良いのだが、それではあんまりなのでもう少し続けよう。
そうそう、「そんだけ」、とは言いながら、動物や植物、あるいは幽霊や妖怪などと生きた人間との境界を極限まで曖昧にした小説群を書いてきた、その文学的出自をどうやら宮澤賢治に求めることが出来ると常々思っていたこの著者の、そのまったりとした文体その他の大元が内田百閧ナあることがほとんどあからさまに示されているのを発見したのは誠に大きな収穫であったのだ。私にとっては、実のところそれで充分なのである。
ほとんど蛇足になってしまうけれど、もう少し続けよう。あっという間に読み終えた後、末尾近くの具体的なことが全く描かれていない(「強く激しく抱かれた」だけだもんな。形容詞一つと動詞二つと助動詞二つか…。まあ、これさえも無い方がむしろ良かったかも知れないと思ったのは私だけではなかろう。)主人公のOL・大町月子とそのセンセイ・松本春綱との性交渉は、「強く激しく」などという表現とは裏腹に恐らくは何ともまったり・ほのぼのとしたものだったのだろうな、などとくだらない事を考えた次第。それは単に、そうでないと、読後感が余り良くないもので、というだけのことである。
本日は何ともうららかな小春日和だけれど、この短評もそのついでといっては何だが、のんびり・まったりと終わることにしよう。そうだ、その前に一つだけ大事なことを述べておくと、「先生」と呼ばれる人たちは、余程のことが無い限りは「生徒」や「学生」の顔は覚えていないものです。街でお声を掛けて下さっても、「アナタ誰でしたっけ?」と言われるのがオチなので、ご注意のほど。(2002/02/11)