竹本健治著『閉じ箱』角川ホラー文庫、1997.12(1993)
竹本健治唯一の短編集の文庫化である。ホラーからミステリー、SFまでと、著者のほぼ全ての短編小説がこれ一冊で読めることになる。作品の密度や出来具合にバラツキはあるけれど、どれもなかなかに楽しめる。中でも印象に残るのは、SF掌編「夜は訪れぬうちに闇」(初出1975)。光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』(ハヤカワ文庫、1973)へのオマージュとして読めたこの作品では、同著のキーワードの一つであった「ディラックの海」への言及がある。他に、佐伯千尋を主人公とする4作品のうち、「闇に用いる力学」(初出1985)は、近作『闇に用いる力学』の基本設定をコンパクトに表現する作品であったように思う。この作品で扱われているのは「私とはすなわち他者の見る夢の登場人物に過ぎないのではないか?」という、誰しも一度は考えたことがあるに違いない「私とは誰か?」テーマの一変奏である。あとがきに「自分でも相当妙な話であると思う。」と述懐されている如く、本当に妙な話で、しばし悩んでしまった。
何はともあれ、東洋大学中退の稀代のミステリー、アンチミステリー作家・竹本健治の入門編として、その著述活動の全貌をほぼ表現してしまっているこの短編集を、まずは一読することをお薦めする。ちょうど季節的にも良いのではないかと思う次第。ただ、私は恐がりでないのでそういう意味では余り効き目がないのだけれど。そんなところで。(1998/07/20)