松浦寿輝著『巴』新書館、2001.05
芥川賞作家にして東京大学教授である松浦寿輝による、長編小説。帯には「形而上学的推理小説」とあるのだけれど、私見だと藤原伊織あたりが書いているものにかなり近いハードボイルド小説なのではないかと思った次第。舞台は東京は東京大学の周辺。東京大学を中退し一時は薬物中毒に陥っていてその後復活を遂げた主人公が、書家を名乗る老人から、その孫娘である少女を被写体とする官能的なフィルム製作に関わって欲しいことを依頼され、それを巡って主人公の周りでは様々な事件が出来し…、という流れ。この作品の主題は何といっても「巴」であり、この文字が表現する螺旋性にある。それは、時間的なものも空間的なものも含む。空間的な方向での螺旋性を描き出すことについては、主人公が都内をくるくると旋回運動することにより、それは果たされるのだけれど、時間についてはもう一つ、だろうか。20世紀文学の中には、例えばJohn Barthという人が書いた『キマイラ』(新潮社、1980(1973))のような、語り手である主人公の行為する時間と語り出す時間とが螺旋状に接近していく状況を表現しようとした実験的作品があるのだけれど、松浦の書いたこの作品の表現する時間はどうも余りに直線的に過ぎ、例えば『キマイラ』が目指したような、作品構成上どうしてもそうなってしまうメタ・フィクショナルな方向を探っても良かったのではないか、などと考えたのだった。まあ、同じことをやっても仕方ないのは当り前なのだが…。ということで。(2002/12/29)