島田雅彦著『内乱の予感』朝日新聞社、1998.1
本作品は基本的にはいわゆる「陰謀史観」ものである。すなわち「日本国」は、実はその安寧を乱す反乱分子=「ヒコクミン」の非合法的手段による排除、歴史の改竄あるいは隠蔽、あるいは裏外交などによって存立しており、それを一手に引き受けるのが「千年王国」なる秘密結社である、というのが物語の基本設定である。こういうのは良くある話で、まあ、例えば笠井潔の『ヴァンパイヤー戦争』にも「礼部一族」というのが登場したし、最近では京極夏彦の「京極堂」シリーズにおいてはやや曖昧な形で、清涼院流水の「JDC」シリーズではより明瞭に、裏で全てを操る何らかの組織が設定されている訳である。ただし、島田が本作品で行っているのは、それらの「娯楽」作品とは一線を画しており、実のところそうしたものによってしか支え得ない「国家」、古くは「国体」の虚構性なり、無根拠性を揶揄する、というであり、とりあえずは成功しているように思う。ただ、実はそんな秘密結社などなくとも(ないよね?)「国家」は存立してしまっている訳で、実はなんでそういうものなしにそうしたこと、すなわち共同幻想の共有だの集団への帰属意識のようなものが生じてしまうのか、ということが社会学なり政治学なりの大問題なのであって、初めから擬人法的に「秘密結社」だの「陰謀史観」みたいなものを立ててしまうとそういう「まだ分からないこと」が隠蔽されてしまい、読者に問題化を回避させてしまいかねない事を指摘しておきたいと思う。(1998/04/09)