伊坂幸太郎著『マリアビートル』角川文庫、2013.09(2010)

千葉県出身の作家・伊坂幸太郎による、『グラスホッパー』(2004)の続編となる長編の文庫版である。2冊で、「殺し屋シリーズ」を形成するが、この先続編が書かれるかどうかは不明。文庫で解説まで入れて591ページあるので、結構な大著、と言える。第7回大学読書人大賞を受賞している。
幼い息子にけがをさせた相手への復讐をもくろむ元殺し屋の木村は、その目的を果たすべく東北新幹線に乗り込む。偶然か、はたまた必然か、乗り合わせたのはその優等生面とは裏腹に悪魔的な心を持つ中学生・王子。腕利きでそれぞれ文学と機関車トーマスに造詣が深い二人組・蜜柑と檸檬。とことん運がなく気弱な殺し屋・天道虫(=七尾)。疾走する<はやて>車内で、追うものと追われるものたちの目的が交錯する。果たしてその結末は、というお話。
新幹線車内というシチュエーションではあるのだけれど、一応グランドホテル形式、と呼ばれる、伊坂幸太郎が多用する群像劇の手法を踏襲した作品になっている。キャラクタの作り込み、そしてプロット構成が何とも巧みで、エンターテインメント作品としてはある意味究極的とも言える完成度を持っていると思う。
ちなみに、タイトルの「マリアビートル」とは、七尾が業界では天道虫と呼ばれており、テントウムシの英語名が"lady beetle"で、レイディがマリアの意味で、テントウムシは背中の7つの斑点でマリア様の7つの悲しみを背負っているとされ、七尾の上司は真莉亜という女性で、といったようなところから来ているらしい。うーん、深い。以上。(2013/12/10)

浦賀和宏著『彼女のため生まれた』幻冬舎文庫、2013.10

『記憶の果て』(1998)や『彼女は存在しない』(2001)などで知られる作家・浦賀和宏による、文庫書き下ろしである。500ページほどの大長編で、今年の3月に同じ幻冬舎文庫で出た、『彼女の血が溶けてゆく』の続編にあたる。
母親を高校時代に同級生だった渡部に殺されたライタの桑原銀次郎。犯行後に自殺した犯人の遺書には、高校の頃、銀次郎が原因となって自殺した女生徒の恨みを晴らすため殺した、との記述があった。身に覚えのない銀次郎は、汚名を晴らすべく、奔走するが…、というお話。
既に、「桑原銀次郎シリーズ」となっている気がするのだが、いわゆる「安藤シリーズ」とは随分テイストが違う。ノンストップの、どんでん返し満載のサスペンスが基調になっていて、ハードボイルドにもかなり接近している。銀次郎に果たして安息の日々が訪れるのか、シリーズの進捗を見守りたいと思う。以上。(2013/12/11)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 終末の聖母』角川ホラー文庫、2013.10

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第8巻である。1冊おいて、文庫書き下ろしの長編、となった。長編としては、第7弾となる。長編続きで言えば、去年の5月以来の刊行なので、17か月ぶり。しかし、長さは実に507ページとこれまでで最長。ちなみに、「終末の聖母」には「デイー・ゲニトリクス」のルビが振られている。
今回の舞台はメキシコ。バチカンで新法王を決めるための選挙=コンクラーベが行なわれている折しも、奇跡調査官である平賀とロベルトは、有名彫刻家が作成した作品の除幕式に出席するため、メキシコのグアダルーペ寺院に赴く。
いよいよ除幕、という時に驚くべきことが起こる。法王候補の名を刻んだ彫刻が、浮き上がり、更には光り輝く神の道が出現したのだ。これは奇跡なのか、はたまた何かの陰謀なのか。やがて黒い聖母の秘密を追い始める二人に、 危機が迫るが…、というお話。
質量ともに申し分ない、まことに素晴らしい作品。メキシコの民間伝承と大胆な科学トリックが何とも言えないバランスで噛み合った、空前絶後に近いミステリ作品になっていると思う。この著者の作品の中でもかなり上位に入るのではないだろうか。どこまで進化を遂げるのか、楽しみは尽きない。以上。(2013/12/12)

荻原浩著『砂の王国 上・下』講談社文庫、2013.11(2010)

『明日の記憶』(2005)などで知られる埼玉県生まれの作家・荻原浩による巨編の文庫版である。単行本と同じく上下2分冊での刊行となる。ちなみに、第144回直木三十五賞の候補にあがった作品である。
大手証券会社に勤める山崎遼一は、ちょっとしたきっかけで表街道から転げ落ちホームレスとなる。全財産は、3円…。そんなある日、段ボールハウスの設置場所を求めて辿り着いた公園で出会ったのは、怪しい辻占い師・龍斎と若い美形のホームレス・仲村。失うものは何もない彼らは、新規に宗教団体を興して一旗揚げることを思いつくのだが…、というお話。
上下巻で1,000頁近くあるので、話は上に書いただけでは収まらない。それはそれは凄まじい展開が待っているので、是非ともお読みいただきたい。さすがに老練、という感じの書きっぷりで、冒頭からエンディングまで興味を切らすことなく読了できた。
ちなみにこの作品、同じテーマを扱っている篠田節子の『仮想儀礼』(2008)と比べられることになると思うのだが、目指すところがかなり違うので、単純な比較は難しいと思う。取りあえず一つだけ記すと、エンターテインメント性やリーダビリティについては、こちらの方が高めになっている。以上。(2013/12/15)

誉田哲也著『歌舞伎町セブン』中公文庫、2013.11(2010)

誉田哲也による、「ジウ」シリーズとの連続性を持つ長編の文庫版である。解説は安東能明が担当。キャッチコピーは「『ジウ』から6年 街にふたたび脅威が迫る!」。
冬のある日のこと、歌舞伎町の片隅で町会長をしている高山の死体が発見される。死因は心不全であり、事件性はないはずだった。しかし、これを境にして、何かが変わり始める。続出する失踪者、正体不明の企業の進出…。不穏な空気が広がる中、謎の言葉が語られ始める。その言葉、「歌舞伎町セブン」とは一体何なのか…、というお話。
この人の作品の中でも、その暗澹さはかなり上位に入るだろう。ややもすると敬遠されてしまいかねないほどの暗澹さとは裏腹に、エンターテインメント性や、キャラクタの魅力という点においては特筆すべきものがある作品となっている。連載中の続編『歌舞伎町ダムド』の完成を心待ちにしたいと思う。以上。(2013/12/20)

ピーター・ワッツ著 嶋田洋一訳『ブラインド・サイト 上・下』創元SF文庫、2013.10(2006)

カナダ出身で1990年デビュウの作家ピーター・ワッツ(Peter Watts)による、2006年発表の長編である。ヒューゴー賞とローカス賞の候補にあがった作品で、下巻末にはテッド・チャン(Ted Chiang)による「厳しい」解説が付されている。
突如として地球を包囲した65536個の流星の正体は、異星からの探査機だった。調査船テーセウス号に乗り組むのは、異形にして異能の者たち。吸血鬼、四重人格の言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、そして脳の半分を失った男…。
太陽系外縁で、彼らは巨大構造物と遭遇する。放射線が渦巻く苛酷な環境の中、エイリアンとの接触を試みるが、彼らは人類とはまったく異なる進化を遂げていた。構造物内に侵入したクルーたちは、やがて戦慄すべき真実に到達するが…、というお話。
古典的なスペース・オペラやファースト・コンタクトもの、あるいは近年のエンジニアリング系SFがベースになっているけれど、その中でもより哲学的、な方向にシフトした作品だと思う。
意識や進化を巡って物凄く重大なことが語られていて、この辺りについての考え方がテッド・チャンとぶつかることになるようだ。読みごたえ十分にして、確かに色々なことを考えさせてくれる、秀逸な作品だと思う。以上。(2014/01/05)

貴志祐介著『雀蜂』角川ホラー文庫、2013.10

このところ刊行点数が以前より増えているように感じる基本的には寡作作家であるはずの貴志祐介による、文庫書下ろしのホラー小説である。
季節は11月下旬。八ヶ岳にある山荘が舞台。深い眠りから目を覚ました小説家の安斎は、山荘内をスズメバチが飛び交っていることに気付く。一度蜂に刺された経験のある安斎は、もう一度刺されたらアナフィラキシー・ショックで死んでしまう、という恐怖を覚える。
吹雪のため外には逃げられないし、通信機器がなくなっている。これは何かの罠か?こうして安斎と蜂との壮絶な闘いが幕を開けるのだったが…、というお話。
昆虫、特に毒を持つ昆虫ものを得意とするこの作家ならではの作品、とも言えるだろう。単なるバトルもの、あるいはサヴァイヴァルものではなく、巧妙に仕掛けられたとあるトリックが、本書を読み応えのあるものにしていると思う。以上。(2014/01/10)

奥泉光著『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』文春文庫、2013.11(2011)

芥川賞作家・奥泉光による、『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』(2005)の続編となる中篇集文庫版である。計3本を収録。元々は『オール讀物』『オール推理』などに掲載されていた。解説は、辻村深月が担当している。ちなみに、『妄想捜査〜桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』としてTVドラマ化を果たしたことは記憶に新しい。
千葉県にあるという「たらちね国際大学」へと異動してきたクワコーこと桑潟幸一准教授、40歳。新学期早々文芸部の変人女子学生たちに取り囲まれながら、相次いで出来する三つの事件に遭遇する。
「呪われた研究室」では研究室に出る幽霊の謎が、「盗まれた手紙」では襲名を約束した手紙の紛失事件が、「森娘の秘密」では時価50万という入学生候補の名簿の紛失事件がそれぞれ描かれる。クワコーは、そしてまた文芸部員たちは事件を解決に導くことができるのか、はたまた、というお話。
こんなに面白い本を読むのは久々、というか、ほとんど初めてに近いかも知れない。クワコーのキャラクタといい、出来する事件といい、一癖も二癖もある文芸部員たちといい、その他サブキャラたちといい、もうこれは何というか、文学史上に残る傑作、かも知れない。元々少なからずこういう素地のあった奥泉光が、遂に超新星爆発、という感じの超傑作である。以上。(2014/01/15)

高野和明著『ジェノサイド 上・下』角川文庫、2013.12(2011)

『13階段』(2001)などで知られる「タイム・リミット」ものの名手・高野和明による、2011年に公刊されたエンターテインメント巨編の文庫版である。元々は『野生時代』に連載。その受賞歴等がとてつもなく凄いので以下列挙する。
第65回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門受賞、第2回山田風太郎賞受賞。その他、2012年版「このミステリーがすごい!」1位、2011年「週刊文春ミステリーベスト10」1位。第33回吉川英治文学新人賞候補作、第145回直木三十五賞候補作。いやはや…。
以下、あらすじを。創薬化学専攻の大学院生・古賀研人のもとに、死んだはずの父からメールが届く。古賀はその不可解な「遺書」を手掛かりに、父が作った私設実験室に辿り着く。ウイルス学者であった父は、一体何をしようとしていたのか?
時を同じくして、元グリーンベレーの傭兵であるジョナサン・イエーガーは、難病に苦しむ息子の治療費捻出のため、極秘任務を受託する。「人類全体に奉仕する仕事」だというのだが、その中身は謎。イエーガーは暗殺チームの一員として、コンゴのジャングル地帯に潜入するが…、というお話。
空前絶後のスケールと、周到に構築された見事なプロット、何とも魅力的な人物造形、リアリティ溢れる創薬化学やアフリカ内戦のディテイル、そして何よりも時代にマッチした”今書かれるべき”テーマ設定等々、これ以上のものを求めるのは無理なのではないかというほどの出来栄えの作品だと思う。これで直木賞がとれない、というのもどうなんだろうと思うのだが…。まさに、10年に一本の傑作である。以上。(2014/01/20)

三津田信三著『百蛇堂 怪談作家の語る話』講談社文庫、2013.12(2003)

『蛇棺葬』と対をなす、三津田信三によるいわゆる“作家三部作”の掉尾を飾る作品の文庫版である。ノベルス版の刊行から10年、大幅な改稿がなされている模様。カヴァの絵はおなじみの村田修。解説は柴田よしきが担当している。
作家兼編集者である三津田信三に、龍巳美乃歩(たつみ・みのぶ)による実話怪談の原稿が送られてくる。やがて、原稿を読んだ三津田とその周囲に怪異が現われ始める。不可能状況で頻発する児童連続失踪事件、そして、「あの原稿は世に出してはいけない」という龍巳の言葉は何を意味するのか?そして、物語は衝撃の結末へと向かう。
ミステリとホラーのジャンル・ミックスとして高い評価を得た「刀城言耶」ものへの足掛かりにもなった作品、と、今日であればいうことが出来るだろう。初出時点ではまだ、世の中は三津田信三に追いつけておらず、文庫化までこれだけの時間が掛かったのも、致し方のないところ、なのかも知れない。今日のミステリ界をリードする著者による、渾身の傑作である。以上。(2014/02/05)

沼田まほかる著『ユリゴコロ』双葉文庫、2014.01(2011)

『痺れる』(光文社文庫)や『猫鳴り』(双葉文庫)などで知られる作家・沼田まほかるによる、2011年発表の長編である。本屋大賞にノミネートされ、第14回大藪春彦賞を受賞、というようにかなり話題になった作品が、このたび文庫にて登場、となる。
亮介は実家で「ユリゴコロ」と名付けられた4冊のノートを見つける。その内容は、殺人という行為にとり憑かれた人間の生々しい告白文であった。誰が、何のために書いたものなのか、そしてここに書かれていることは事実なのか?ノートを読み進めるにつれ、亮介の世界はその様相を変え始めるのだったが…、というお話。
巧みであると同時に意表突く展開、それを支える構成力と文章力。さすがに高い評価を受けた作品、という気がした。作品数はまだまだ少ない遅咲きの作家だけれど、その力量は確かなもの。今後の活躍に期待したいと思う。以上。(2014/02/10)