有栖川有栖著『虹果て村の秘密』講談社文庫、2013.08(2003→2012)

有栖川有栖が、講談社「ミステリーランド」のために書き下ろした長編ミステリの文庫版である。ちなみに、単行本は2003年で、ノベルス版は2012年刊。文庫化までかれこれ10年かかったことになる。
ミステリ作家志望の少年・上月秀介と、刑事志望の少女・二宮優希は、とある事情で夏休みを一緒に虹果て村で過ごすことになる。折しも、村では高速道路建設を巡る争いが激化しており、やがて、「夜に虹が出たら人が死ぬ」という言い伝え通りに密室殺人事件が発生する。
土砂崩れにより、犯人とともに閉鎖されてしまった村の中で、二人は殺人事件の謎を解き明かすことができるのか、それとも、というお話。
この叢書、ジュブナイルとは言え極めてクオリティの高い作品が多いのだが、これなどもそう。社会問題を織り交ぜつつ、正統派の推理劇が展開されていく様は、さすがに見事なものだと思う。あとがき、まで楽しめる、実にナイスな企画にして、珠玉と言って良いほどの傑作である。以上。(2013/09/15)

東野圭吾著『新参者』講談社文庫、2013.08(2009)

東野圭吾による、「加賀恭一郎」シリーズの第8作にあたる連作短編集を文庫化したものである。2004年から2009年にかけて『小説現代』に断続的に掲載された9作を所収。「このミステリーがすごい!2010」並びに「週刊文春ミステリーベスト10」で1位、と極めて高い評価を受けた作品となる。
日本橋小伝馬町で一人暮らしの40代の女性が絞殺された。日本橋署に着任したばかりの加賀恭一郎は、日本橋界隈を歩き、事件や被害者と何らかの接点を持った家族や店を訪れる。加賀の前に立ちはだかるのは、人情という厚い壁。新参者である加賀は、果たして事件の謎を解くことが出来るのか、というお話。
構成が素晴らしい、と思う。きっと、事実、というのは人の数だけあるんだろうけれど、それらを統合して、論理的に再構成するのが捜査側の仕事なのだろう。
そんな結構地味とも言えるプロセスを、エンターテインメント性を損なうことなく見事な形で表現した作品である、と考えた次第。その手腕たるや、さすがに真のプロ作家・東野圭吾のもの、である。お見事、としか言いようがない。以上。(2013/09/20)

歌野晶午著『舞田ひとみ14歳、放課後ときどき探偵』光文社文庫、2013.08(2010)

歌野晶午による、「舞田ひとみ」もの第2弾の短編集。初出は全て『ジャーロ』で、新書版は2010年刊。全6篇が収められている。
第1弾から3年が経過。中学2年生になった舞田ひとみは相変わらずゲームとダンスが大好きで、勉強と父親は大嫌い。そんなひとみが、かつての同級生・高梨愛美璃と再会したのは、愛美璃が友人たちと共に、募金詐欺を繰り返す女を尾行していた時だった。数日後、女は死体で発見され…(「白+赤=シロ」)。ひとみとその仲間たちが出会う、数々の謎とその顛末を描く6作品。
第1弾はひとみが図らずも謎を解いてしまう、というこの作家らしいひねりっぷりだったけれど、今回は割と主体的に謎解きに関わる。肝心の謎ときは、さすがに歌野晶午、という感じのハイ・クオリティ。脱力系にして、その実しっかり本格ミステリになっているところが素晴らしい。続編にも期待したい。以上。(2013/10/05)

平野啓一郎著『かたちだけの愛』中公文庫、2013.09(2010)

愛知県生まれの作家・平野啓一郎が読売新聞に連載していた小説の文庫版である。分人主義をモティーフとした作品としては、『決壊』、『ドーン』に続く3作目であり、これもまたかなりのヴォリュームを持つ(453ページほど)大作となっている。解説は身体論で知られる京大の先輩・鷲田清一。
「美脚の女王」こと叶世久美子(かなせ・くみこ)は、自動車事故により片足を切断するほどの大けがを負う。偶然その場に居合わせたプロダクト・デザイナの相良郁哉(あいら・いくや)は、彼女の義足製作に取り組むことになる。次第に心を通わせていく二人だったが、彼らの前には嫉妬や誤解という大きな壁が立ちはだかる。二人の愛のゆくえは…、というお話。
タイトルが凄い、のだがそれはさておき。『決壊』→『ドーン』→本作という順に重さが失われていく、というのは確かだし、その展開の予定調和ぶりに肩透かしなところを感じながらも、それでもやはり、深い人間洞察を作品の骨格に据えた、何とも丁寧に書き上げられた恋愛小説で、そこはさすがに平野啓一郎だなと思った次第。これから先、どのようなものを書いていくのか。本当に目の離せない作家である。以上。(2013/10/15)

村上龍著『心はあなたのもとに』文春文庫、2013.08(2011)

村上龍による、『文學界』に連載されていた長編小説の文庫版である。オリジナルは2011年刊。解説は小池真理子が担当している。
投資組合の経営者である西崎は、風俗嬢をしている香奈子と出会い、交際を始める。香奈子は1型糖尿病の患者であり、常に死の影が寄り添う。出会いから2年半。二人のつながりは香奈子の死によって突然断ち切られる。西崎の手元には、香奈子からのメールだけが残された、というお話。
評価の難しい作品だと思う。確かに切ない話だし、そのディテイルの積み上げ方には素晴らしいものがあるのだが、やはり、西崎のセレブ振りが余りにも私のようなものの感覚からはかけ離れている、というのが最大の難点。
経済事情の話が延々と続いて、それはそれで面白いのだが、それは本題じゃない気もする。全体としてかなり危うい橋を渡っているように思われる、ややピント外れな感じに見える作品、と述べておきたい。以上。(2013/10/20)

貴志祐介著『ダークゾーン 上・下』祥伝社文庫、2013.09(2011→2012)

エンターテインメント小説界の巨匠・貴志祐介による、2011年発表の長編文庫版である。元々は『小説NON』に連載されていたものに、加筆修正が施されている。単行本版、新書版は1冊だったが、今回は2分冊。解説は大森望が担当している。
プロ将棋棋士の卵・塚田は、赤い異形の戦士と化した17人の仲間と共に、闇の中で目覚める。やがて、謎の廃墟を舞台に青い軍団との闘いが始まる。敵として生き返る駒、戦果に応じて行なわれる駒の強化、4戦先取で勝ちとなる七番勝負であることなど、手探りでルールを見つけながら進めるゲーム。それは異次元の将棋であるかのように見えた。
頭脳戦、心理戦、そしてまた奇襲戦。ありとあらゆる方策を用いて繰り広げられる、コンクリートの要塞「軍艦島」での壮絶な地獄のバトル。塚田は死力を尽くして青い軍団との闘いを遂行していく。勝負の行方は、更にはそもそもこのゲームの目的は一体何なのか…、というお話。
このところ『新世界より』『悪の教典』という凄まじい傑作を世に送り出してきた貴志祐介が、その勢いを失うことなく完成させた大傑作。発想自体はありそう、ではあるものの、そこから先の作り込みが実に素晴らしい。巨匠と呼ばれるにふさわしい著者が、エンターテインメント性を前面に打ち出した、渾身の書である。以上。(2013/10/30)

皆川博子著『開かせていただき光栄です ―DILATED TO MEET YOU―』ハヤカワ文庫、2013.09(2011)

巨匠・皆川博子による、2011年発表の長編文庫版である。今回の文庫化にあたっては、『ハヤカワミステリマガジン』2011年11月号掲載の短編も収録された。解説は本格ミステリ界の重鎮・有栖川有栖が担当している。高く評価された作品で、第12回本格ミステリ大賞を受賞している。
物語の舞台は18世紀のロンドン。外科医ダニエル・バートンの解剖教室で、謎の屍体が発見される。それは、四肢を切断された少年と顔を潰された男性の遺体だった。盲目の治安判事ジョン・フィールディングは、ダニエルとその弟子たちに捜査協力を要請する。やがて、事件は一人の詩人志望の少年ネイサン・カレンがたどった過酷な運命と交差し始めるのだった。
見事な作品だと思う。プロットの作り込みというか、物語構成のベースになっているロジックが本当に良く出来ている。18世紀ロンドン、という時代状況をフェアな形で提示しつつ、後から考えれば確かにそれしかないのだなと納得し得るような、さりとて初見の読者には思いもよらぬ展開を丁寧な筆致で記述していく。周到な計算と巧緻に満ちた絶品、と申し上げておきたい。
なお、本書には続編が存在する。現在『ハヤカワミステリマガジン』に連載されている『アルモニカ・ディアボリカ』という作品。間もなく完結するのではないかと思うので、単行本の刊行を待ちたい。以上。(2013/10/31)

結城充考著『衛星を使い、私に』光文社文庫、2013.09(2011)

結城充考(ゆうき・みつたか)による、2011年発表の短編集。元々は『小説宝石』『ジャーロ』に掲載されていた、それぞれ長編の『プラ・バロック』『エコイック・メモリ』の2冊が先に刊行されている「クロハ=黒葉佑(くろは・ゆう)」もの短編6本からなる。
さて、本作では、クロハこと女性警官・黒葉佑の自動車警邏隊時代が描かれる。「唯一のエス」では覚せい剤捜査の行方が、「二つからなる銃弾」ではクロハが出場した射撃大会が、日本推理作家協会賞候補作「雨が降る頃に」では自動車同士の衝突事故の意外な真相が、これだけが『ジャーロ』所収の表題作「衛星を使い、私に」ではネット上に残された手掛かりから浮かぶ驚くべき事実が、「Sは瞼をとじた」では再び薬物捜査が、「計算による報酬」では「雨が降る頃に」で描かれた事故を巡って起きる更なる騒動が、それぞれ描かれる。
それぞれの作品がちょっとずつ絡み合っていて、全体として大きな物語が浮かんでくるあたりが面白いやや連作的な短編集になっている。前記二つの長編ほど独特なスタイルを持つ作品群ではないのだけれど、それらの中では描かれなかったクロハの一面や、登場人物とのなれそめなどが書かれているので、気になる方には是非手にとっていただきたいと思う。以上。(2013/11/01)

三津田信三著『七人の鬼ごっこ』光文社文庫、2013.09(2011)

三津田信三による、2011年発表の長編文庫版である。約500ページの大著で、シリーズ外作品。解説は小池啓介氏が担当している。
「西東京生命の電話」にかかってきたある男性自殺志願者からの電話。その男は多量の血痕を残して姿を消した。その後、男から電話を受けたかつての幼馴染たちが、一人、また一人と死に始める。幼馴染の一人であるホラー・ミステリ作家もまた、この不可解な事件に巻き込まれていくのだが…、というお話。
「刀城言耶」ものの作品群が持つ完成度はここでも保たれていて、練りに練ったプロットと、磨き込まれた筆致が何とも見事なホラー作品。シリーズものでないだけに、なかなか手に取って貰えないかも知れないのだが、私のささやかな紹介によって新たな読者が生まれることを願ってやまない。著者の一層の円熟ぶりを示す、傑作である。以上。(2013/11/10)

麻耶雄嵩著『貴族探偵』集英社文庫、2013.10(2010)

麻耶雄嵩による、『小説すばる』に2001年から2009年という長いスパンで掲載された、「貴族探偵」を主人公とする5本の短編からなる作品集の文庫版である。ちなみに、続編『貴族探偵対女探偵』がすでに単行本で、やはり集英社から出ている。
収録作は、「ウイーンの森の物語」、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、「こうもり」、「加速度円舞曲」、「春の声」の5編となる。何やら音楽的なタイトルが並ぶが、それはさておいて。執事の山本、小間使い(要するにメイドさん)の田中、運転手の佐藤の3名をお供とする貴族探偵。推理他の実働はもっぱら彼らに任せ、では本人は一体何をするのか?、といった趣向のお話が展開される。
ある意味、「探偵小説」というものの完全な反転というか、「探偵しない探偵」が主人公、になっている本書、さりとてトリックとその謎解きは緻密に練り上げられ、研ぎ澄まされたものになっている。このあたり、さすがに、一筋縄ではいかない作家、である。
こういう作品を成立させてしまえるのも、実のところこの作家が「推理」とは、あるいはそもそも「謎」とは、といった本質的な事柄を、徹頭徹尾突き詰め、煮詰めて来たからに他ならないだろう。恐らくは、この作家にしか書き得ない、偉業とさえいえる作品である。以上。(2013/11/15)

三津田信三著『蛇棺葬』講談社文庫、2013.10(2003)

『忌館』『作者不詳』とともに、“作家三部作”を形成する作品の、文庫版である。元本は講談社ノベルスで2003年に刊行。今回、講談社文庫への収録にあたり、全面改稿が施されたとのことである。
幼い日、「私」は奈良県蛇迂(だう)郡它邑(たおう)町の旧家である百巳(ひゃくみ)家に引き取られ、蛇神(へびがみ)を祭神とする奇習を目の当たりにしながらその日々を過ごした。祖母の死に際し、<百蛇堂>で行なわれた「葬送百儀礼」と呼ばれる儀礼の最中、喪主であった父が密室状況下で忽然と姿を消す。やがて大人になった「私」は、とある事情で再び同地を訪れ、今度は自らが「葬送百儀礼」を執り行なうことになるのだが…。
良質の、そして非常に怖いホラーにして、巧みに作りこまれたミステリ。土俗的信仰を今までにないレヴェルで克明に描きつつ、プロットは基本的に本格ミステリであり、そしてまたメタ・フィクションの要素もうまい具合にまぶされ、と、いかにも三津田信三の作品、になっている。物語は、“作家三部作”の掉尾を飾る次巻、『百蛇堂』へと続く。以上。(2013/11/20)