山本弘著『MM9』創元SF文庫、2010.06(2007)

いよいよ2010年も終わりに近づき、冬版へと。とは言え、この冬の紹介第1弾は今年の初夏に出たもの。1編を除き、オリジナルは全て『ミステリーズ!』に掲載されたもの、である。書き下ろしを含めて、全部で5話からなる連作短編集、ということになるのだけれど、中身は大体次のようなもの。
時代は現代。しかしこことはどこかが違う「世界」の日本が舞台。MM9=エムエムナインとは、「モンスター・マグニチュード9」を指す。要するにその世界では、地震や台風、津波などと同じ自然災害として「怪獣」災害が発生する、という設定。MMは災害規模を示すことになるのだが、あくまでも自然災害なので、その関係省庁・所轄は気象庁と防衛省ないしは自衛隊が主なものとなる。
そんな設定の元、主要な登場人物達が所属する「気特隊」=「気象庁特異生物対策部」では、日夜、怪獣の出現情報に目をこらし、実際にそれが発生すれば、直ちに対策を講ずるべく行動に移ることになる。当然のことながら日々の研究や鍛錬も怠ることはない。本書は、そんな気特隊の面々と、怪獣との暗闘、死闘、激闘の日々を描いた連作短編集である。
いや、それだけじゃなくて、もっと凄いことになっているのだけれど、何を書いてもネタバレなので何も書けないのである。怪獣はどこから来るのか、怪獣とはそもそも何なのか、といった、いわゆる怪獣映画や特撮ヒーローものが敢て踏み込まなかった本質的事柄に、著者の山本弘は敢て果敢に挑み、途轍もない偉業を成し遂げてしまった、と申し上げておきたい。
ちなみにこの作品、7月からTVドラマ化されて放映されていたようだが、そちらも是非チェックして頂きたいと思う。総監督が樋口真嗣で、脚本は伊藤和典である。ご存じの通り、「平成ガメラ」の生みの親、みたいな方々である。以上。(2010/12/02)

ナンシー・クレス著 田中一江他訳『アードマン連結体』ハヤカワ文庫、2010.04(1989-2008)

「プロバビリティ」三部作で日本での知名度も一気に上がった感のあるアメリカの作家ナンシー・クレス(Nancy Kress)による、『ベガーズ・イン・スペイン』に続く日本独自編集による文庫版作品集の第2弾である。
収められた作品は計8編。最も古いもので1989年、新しいものが2008年と、約20年のスパンを持つ作品群で、作風も様々。そんな多様性ある作品集ではあるのだけれど、どの作品もどこかシニカルで、そしてまたどことなく暖かいものも感じさせるところがこの人の持ち味と言い得るだろう。
1作目の「ナノテクが町にやってきた」はかなり古典的なテイストの作品。新たなテクノロジがもたらす社会の劇的な、というよりはむしろ破壊的な変化を、アメリカの片田舎という視点で描く。第2作「オレンジの値段」も古典的な作品。良くある時間テーマSFなのだけれど、落としどころはさすが。第3作「アードマン連結体」はこの作品集の中では最新のもの。全編にP.K.ディック的な雰囲気が漂う、老人達のシンクロニシティのような現象を扱った作品で、ヒューゴー賞を受賞している。これはこの本の中では白眉だろう。
第4作「初飛行」は新米宇宙飛行士の苦闘を、第5作「進化」は耐性ウィルスと闘う主婦のこれまた苦闘を描く。シンプルな作品だが、どちらも味わい深い。第6作はネビュラ賞をとった「齢の泉」。時間が前後してちょっと読みにくかったのだが要するに御年90になろうとする巨万の富を持つ老人が、とあるきっかけでかつての恋人に会いに行くという話があって、その合間合間に彼女との出会い以後の半生(?)を振り返る、というようなもの。そういうメインの物語に不死テクノロジというモティーフが関わってきて、非常に凝った作品に仕上がっている。
第7作「マリーゴールド・アウトレット」は悲惨な家庭環境下におかれホロ映像の猫との交流に慰めを見いだす他はない少年の悲惨な物語であり、ラストの「わが母は踊る」は人類によりある惑星に放たれた人工生命達の運命を描くこれも悲惨と言えば悲惨な物語。短いけれど、非常に力のある作品である。
ハードSFっぽい要素もちりばめつつ、例えばR.ブラッドベリ、あるいはU.K.ル・グウィンのような詩的SFっぽい雰囲気も多く持つ作品群で、どなたにでもお楽しみいただける内容なのではないか、と思う次第。取り敢えず表題作辺りから、続いては個々の作品を、といった具合に、読み進められてはいかがだろうか。以上。(2010/12/06)

誉田哲也著『春を嫌いになった理由』光文社文庫、2010.02(2005)

その作品の映画化、ドラマ化等が進み、現在波に乗りまくっている感じの誉田哲也が、2005年に発表した長編の文庫版である。何々賞、いたいなものをとっていない作品だけれど、これは素晴らしい。タイトルといい、中身といい本当に手放しで素晴らしいと思える作品。文庫化まで5年を要してしまっているけれど、ある意味隠れた名作、とも言える作品なのかも知れない。
主人公の秋川瑞希が、TVプロデューサの叔母からエステラという名の霊能者のお世話役と通訳の仕事を押しつけられるところから物語はスタートする。エステラを題材とした番組制作途上で彼女の透視によりとあるビルから白骨死体が発見されるという前代未聞の事態が発生。そのエステラ、更には生放送中のスタジオでとんでもないことを言い出し、事態は更に混迷。番組で扱われるそれら一連のプロットと、もう一つの軸である中国人青年の物語、そして各章の冒頭に書かれている普通の家庭のエピソードが一体どう繋がるのか、はたまた繋がらないのか、そして事態はどう収束するのか、あるいはしないのか、というお話。
ご都合主義、と言えば確かにそうなのかも知れない。しかし、様々なエピソード、脇役達を上手く使いながら、小説的なカタルシスを読者に与えるその構成力にはやはり驚嘆を覚えてしまう。こういう優れた作品を読むと、誉田哲也という人が実に天才的なエンターテインメント小説家であることが分かるのだが、それは先に述べたようなその作品の映画化やTVドラマ化がこのところ極めて盛んになってきているところにも現われていると思う。この作品、内容からしてTVドラマ化しない手はないと思うのだが、既に着手されているのか非常に気になった次第である。以上。(2010/12/09)

桜庭一樹著『GOSICK IV ―愚者を代弁せよ―』角川文庫、2010.05(2005)

桜庭一樹による「GOSICK」シリーズの第4作目となる長編。オリジナルは富士見ミステリー文庫より。間もなくアニメーション版がTV放映され始めることになるが、実にアニメーション的に映えるであろう場面の多い好篇である。
今回の舞台は聖マルグリット学園とその周辺。要するに主人公達の本拠地からほとんど動かない珍しい篇とも言える。学園の敷地内にある謎の時計塔の中で起こった密室状態での殺人事件と、どうもその影にひっそりと佇んでいるらしく思われるかつて学園にいたことがあるという錬金術師リヴァイアサンの謎が交錯する。謎多き美少女ヴィクトリカは、リヴァイアサンが仕掛ける挑戦に応えられるのか、はたまた密室殺人の謎を解明出来るのか、というお話。
大きく話が動く巻、となっていて、非常に面白い。第2、3巻で登場した人物も再登場し、その目的についてもかなりの部分が明らかとなる。しかし、壮大なスケールの物語だ。元々はライトノベルとして刊行されていたものだけれど、どう考えてもそういう枠からはみ出している。一体どこにまで進むのか、以後続く巻を追いつつ、見極めたいと思う。以上。(2010/12/13)

フィリップ・K・ディック著 佐藤龍雄訳『未来医師』創元SF文庫、2010.05(1960)

アメリカの作家フィリップ・K・ディックによる、本邦初訳となるSF長編である。これによって彼のSF長編中未訳なものは、The Vulcan's HammerThe Cracks in SpaceThe Ganymede Takeover(但しレイ・ネルスンとの合作)の3冊を残すのみとなったらしい(牧眞司の解説による。)。まあ、取り立てて読みたいとも思わなかったりするのだが、いずれは邦訳されて、全集も出るような流れになるのかも知れない。でも、本は売れませんからね。例えば、だけれどT.ピンチョンの全小説集なんて、一体誰が買うのだろうか、などと思ったりするわけで…。
そんな話はどうでも良いのだけれど、本作品は非常にストレートな時間テーマSF。20世紀を生きるアメリカの医師パーソンズが、25世紀の北米にタイムスリップするところから物語が開始される。言語・人種の混合が進んだ未来、そこではある理由により、医療行為は重い罪とされていた。そんな、平均寿命が15歳とされる暗澹とした社会を変革すべく、ある人物の命を救うことをパーソンズに任せようとする一派が彼に接近し、さらなる時間旅行を彼に促すが、果たして、というお話。
常につきまとう閉塞感であるとか、何となく村上春樹的な意味でハードボイルドなテイストなど、ディックらしいと言えばディックらしいところも後から読めば読み取れないことはない、しかし何故訳されていなかったのかも良く分かる作品である。うーん、決して傑作ではないよね(笑)。やっぱり警官との追いかけっこになるのね、と思わずニヤリ。取り敢えず、一応持っていた方が良いかも知れない一冊である。以上。(2010/12/28)

首藤瓜於著『指し手の顔 脳男II 上・下』講談社文庫、2010.11(2007)

第46回江戸川乱歩賞に輝いた名作『脳男』(2000)から7年。その続編となる大著の文庫版である。第29回吉川英治文学新人賞の候補にも挙がった作品。
あの事件から約1年。鷲谷真梨子の自宅と事務所で「鈴木一郎」関係のファイルが盗まれる、という事件が発生する。ちょうどその頃、精神科の入院歴を持つ元関取が愛宕(おたぎ)市内で突然暴れだし、死傷者まで出す、という事件が発生。どうやら、同様の事件が多々起きていることが明らかになる。
真梨子と刑事・茶屋(ちゃや)は一連の事件に関係するともみられる医療ブローカーの松浦に会いに行くが、惨殺された死体を発見。更には、精神病患者たちの監禁場所を監視していた刑事2名も殺される。事件の裏には何が隠されているのか、脳男=鈴木一郎はどうかかわるのか?、というお話。
上下2分冊の大著だけれど、話のテンポが良いので全く退屈することなく読了できた。基本的にはエンターテインメント作品なのだけれど、今日における精神医療関係の諸問題を深くえぐろう、という意志に貫かれた、かなり問題提起的な作品にもなっている。いずれ書かれるのであろう第3弾の刊行が待ち遠しい。以上。(2010/12/29)

三津田信三著『作者不詳(上)(下) ミステリ作家の読む本』講談社文庫、2010.12(2002)

『忌館』とともに、“作家三部作”を構成する作品の文庫版。2002年にノベルス版で出ていたものだけれど、三津田信三の評価が高まることによりようやく文庫化、ということになるのだろう。来年は、これに続く『蛇棺葬』、『百蛇堂』も文庫化される模様である。
上下二巻に分かれていることからお分かりのように、非常に大きな書物である。著者である三津田信三が、奈良県のどこかにある杏羅町という、自身が生まれ育った土地を再び訪れるようになり、という記述から物語は始まる。同地にある〈古本堂〉という古書店のなじみ客となった三津田とその友人の飛鳥信一郎はやがて、同店で『迷宮草子』という同人誌を手に入れる。
7本の奇妙な物語が含まれた同誌を読み始めると同時に、三津田と信一郎の周辺には怪異な現象が起こり始める。どうやら、各々の作品の謎解きをすることにより、怪異は回避できるらしいのだが。二人は果たして『迷宮草子』の全ての謎を解くことができるのか、そして…、というお話。
趣味に走り過ぎな感が強かった『忌館』と比べても、圧倒的に作品の質は高いと思う。作品内作品である『迷宮草子』が、架空の作家の書いた7本の作品を編集したもの、という体裁が趣向として非常に面白い。何しろ、三津田信三自身の職業が、編集者であったことは誰でも知っていることなので。そういう知識を背景に、作家の三津田が、あるいは登場人物の三津田が、作品を、あるいは物語をどう着地させるのか、あるいはさせないのか、というようなことを考えつつ、「読む」ことの快楽を存分に感じながら読了した次第である。
この作品、三津田信三がその後書き始めることになる、ホラーなのかミステリなのかを敢えてはっきりさせない独自のスタイルがそれとはやや異なる形で出現していて、『忌館』以上にこの作家の原点的作品、と言えるのではないかと考えた。非常に質の高い、そしてまた極めて野心的な、急速に知名度を上げつつある作家・三津田信三を語る上で欠かすことができないはずの作品である。以上。(2010/12/30)

伊坂幸太郎著『ゴールデンスランバー』新潮文庫、2010.12(2007)

中村義洋監督、堺雅人主演で映画化もなされた、伊坂幸太郎による第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞という快挙を成し遂げた傑作の文庫化である。
Wikipediaなどによると、どうやら本書は彼の第2期第1作、という位置づけらしい。敢て第2期とするのは、第1期に比べて、例えば悪を明確には実体化しない、物語を収束させない、という辺りなのかな、とも思うのだが、第2期作品をこれしか読んでいないのでこのことについて余り多くは述べないでおきたい。
さて、本題へ。本書で描かれる物語は基本的に非常に単純なものだが、プロットの積み重ね方はいつものごとく複雑極まりない。舞台は著者が在住する仙台市。そんな仙台で首相が地元凱旋パレード最中に爆殺されるという事件が発生し、その犯人であるという濡れ衣を着せられたのは青柳雅春という元宅配配達員であった。
しかし、そんなテロは青柳自身には全く身に覚えのないこと。「俺はもしかしてオズワルドにされるのか?」――。明らかに自分を犯人とするように念入りに仕組まれた謀略から、青柳は果たして脱出出来るのか、あるいは出来ないのか。ザ・ビートルズのナンバを通奏とするノンストップの逃亡劇が、今、始まるのだった。
正体不明な強大な敵を相手に、様々なアイテム、人々などを駆使して逃げに逃げる青柳のなんともしぶといこと。登場人物達が思わぬ形で、思わぬ場所でその逃亡劇に関わってくるのだが、そのひねりにひねった重層的プロットの作り込み具合はさすがにこの作家のもの。『ラッシュライフ』的でもあり、『陽気なギャングが地球を回す』的でもあるという意味で、解説にもあるようにこの著者の集大成作品、という見方もおそらくは正しいのだろう。間違いなく、傑作と呼べる1冊である。
しかし、一つ言っておきたいことはある。それは、本書は確かに面白いし、一気に読ませるし、なんと言っても大事なことに極めて感動的な作品ではあるのだけれど、これでは肝心の「敵」が余りにも弱すぎないか、あるいはその正体が分かりやすすぎないか、ということである。
例えば、だけれど、村上春樹と村上龍が、非常にとらえづらく、それも含めて異様なまでに強力な「敵」との闘いを何度も何度も描いてきたことは周知の通り。他に、例えばG.オーウェルの『1984年』でも良いし、T.ギリアムの『未来世紀ブラジル』なども思い起こして欲しいのだが(というか、そもそもこの小説は明らかに後者を元にしているわけだが。すっごくひねってるけど。)、首相爆殺などということをしようとする、あるいはしてしまうようなモノタチというか仕組みというのは、そんなに杜撰(ずさん)でも間抜けでもないのでは、と考えたのだった。かなり杜撰で間抜けにならざるを得なかった事情もちょろっと仄めかされてはいるのだが、余り説得力を持っていないように思える。この辺り、いかがだろうか。以上。(2011/01/06)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 黒の学院』角川ホラー文庫、2010.12(2007)

3年ほど前に角川書店から刊行された単行本の文庫化である。既に〈バチカン奇跡調査官〉シリーズ第2巻として『バチカン奇跡調査官〈Truth2〉サタンの裁き』が2009年夏に刊行されているのだが、これも間もなく文庫化される模様。では肝心の第3巻は?なのだが、これについては情報がない。何となく隔年で、ということは今年辺りに出るような気もするのだが、この作家、竹本健治並にシリーズものを途中で投げ出してそうかと思うと忘れた頃にポロっと出すタイプなので要注意かも知れない。
主役は科学者の平賀と古文書学者のロベルト。二人はともにバチカン所属の奇跡調査官。あちこちで起こる奇跡に対して、その真偽を見定めるべく活動している。西暦2001年の冬のある日、二人はアメリカにあるセントロザリオ修道院で起こったとされる奇跡その他の調査へと向かうことに。折しも、修道院と付属の寄宿学校では謎の連続殺人事件が発生し、事態は混沌の極みに達しようとしていた。二人は、セントロザリオを覆う全ての謎を解明出来るのか、というお話。
どういう年代、階層、あるいはまた種類の読者を対象にして書かれたものかもう一つ分からないのだが、考えてみるに、一応ライトノベルを指向しているのではないか、とは思う。で、平賀とロベルト、という若くてキレイな修道士を主役にしている点、基本男子ばかりの寄宿学校、そしてそこに集う美少年達、なんていう図式もあったりして、これってまさかBL系二次創作のためのネタ本なのか、なんてことも考えたりしたのだが、ホントにそうなのかも知れない。
まあ、そうではあるのだが、そこはさすがに藤木稟。その博識振りは本書においても遺憾なく発揮されていて、私個人としては確かに愉しめた次第ではある。ただ、逆に言えばそこが、どういう読者を想定しているのかもう一つ分からない、と思う最大の理由なのだ。全体の物語というのは基本的に超大風呂敷なほとんど伝奇小説かファンタジィに近いかなりライトなテイストのミステリなのであり、ここまで情報過多で、装飾過剰で、文学的な文体で書かなくても良いじゃん、と思ってしまうわけで…。桜庭一樹の〈GOSICK〉シリーズなどはその辺のバランスが絶妙なんだけどね。
取り敢えず、第2巻に期待したいと思う。以上。(2011/01/18)

冲方丁著『黒い季節』角川文庫、2010.08(1996)

このところ江戸時代ものにシフトしている観のある冲方丁(うぶかた・とう)による、まだ10代だった時期の第1回スニーカー大賞金賞受賞作にしてその記念すべきデビュウ作。同賞はライトノベルという言葉が今日ほど市民権というか知名度を持っていなかった時期に創設されたものだけれど、明らかにその対象はライトノベルだった。しかし、これを読む限り、ライトノベルって一体何なのだろう、という驚きを隠せないところもある。
体裁としては、伝奇小説という形をとる。病に冒されたヤクザ=藤堂は、記憶を奪われた謎の美少年をひょんなことから保護することになり、彼を穂(すい)と名付ける。折しも、行方知れずとなった穂を探すその姉の戊(ほこ)は、父の描いた絵を求め、それを略取したと覚しきヤクザ周辺を探っている誠という青年に出会う。やはりヤクザの沖(おき)は、穂から記憶を奪った女=蛭雪(ひるゆき)と結び付き、世界をわが手中に収めんというばかりの暗躍を開始する。ヤクザ達の抗争と、穂や戊等人ではあらぬ者達の対立が結び付き、世界は混沌の渦に巻き込まれるのだが、果たして、という物語。
ライトノベルというよりは、普通に夢枕獏や半村良、あるいは山田風太郎や山田正紀といった人々が書いてきた武闘系伝奇小説の系譜にしっかりと根を下ろした作品、という風に読んだ。ただ、キャラクタ小説としての体裁は意識的にとられていて、その辺が従来のものとは一線を画するところではある。暦や五行思想がこの頃からこの作家の土台になっていて、『天地明察』刊行後の現在においては、ある意味そこが最も重要な点かも知れない。
上記主要キャラクタおよびその相互関係の作り方次第ではもっと面白くできたかも、あるいは、主役をはっきりさせた方が良かったかも、等々といったことも考えたのだが、それでも充分面白い作品で、やっぱり三つ子の魂百までだな、などと訳の分からぬことを思ったのだった。もうすぐ第3部が書かれるはずの『マルドゥック・スクランブル』や『天地明察』で冲方を知った方に是非とも読んで頂きたい1冊である。以上。(2011/01/20)

誉田哲也著『妖(あやかし)の華』文春文庫、2010.11(2003)

2002年に第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞し、翌2003年に学習研究社から単行本として出版されたこの作家のデビュウ作『ダークサイド・エンジェル 紅鈴 妖の華』を改題し文庫化したもの。これはある意味復刊とも言えるわけだけれど(古書も割と高く売買されていた。)、このところ、その作品の映画化にテレビドラマ化などが進み、人気作家の一人として認知されてきたことが背景にあるのは確かなところである。
主人公は紅鈴(べにすず)という名の吸血鬼、というかこの物語の世界では闇神(やがみ)と呼ばれる存在。3年前の事件で最愛の男・欣治を失った紅鈴だが、ある日チンピラに絡まれた欣治そっくりな若者・ヨシキを見るに見かねて助け出し、やがて二人の関係は深いものへとなっていく。折しも、東京都内では首を咬まれて失血死するという奇妙な殺傷事件が相次いでいた。紅鈴とこれらの事件にはつながりがあるのか、事件の影に見え隠れする暴力団はこの件にどう関わるのか。捜査を始めた警視庁の富山や井岡らは、やがて事件の核心に近づくのだが、そこには驚くべき事実が…、というお話。
一応、基本的には『ストリベリーナイト』から始まる姫川ものの原点にして、同時にまた誉田哲也自身の原点ともされる書である。どうやら、2003年版だと姫川の名前があったようなのだが、これを一読する限りでは発見出来なかった。その代わり、姫川シリーズに登場する関西弁の刑事・井岡がここにも登場し、大活躍(笑)。まあ、一応仕事は出来る、という設定は同じ、ということになるだろう。
そうそう、この作品、姫川ものの原点、という言い方は出来ると思うのだけれど、『ダークサイド・エンジェル』はあくまでも伝奇小説なのであって、一応我々が生きているのと同じ生物学や物理学等々が成り立つ世界の話である姫川もの警察小説とはやはり一線を画する。要は、二つはせいぜいがパラレルワールド的な関係しか持っていないんじゃないかな、ということである。なので、『ダークサイド・エンジェル』に姫川が登場し、たとえ既に殉職していたりしても、それは今の姫川ものとは別の姫川の話、ということなんじゃないかと思う。
その点について色々書きすぎてしまったが、キャラクタ造形といい、ある意味読者の期待を裏切り続けるストーリィ展開といい、やはり誉田哲也ならではだな、と思わせる部分が満載で、非常に愉しめた次第。基調は伝奇小説なのに、後に更に緻密になっていく警察小説のテイストが濃厚にあったり、やはり後の作品に見られるような武闘や格闘への偏愛ぶりが随所に出ていて、この人もまた三つ子の魂百までなんだな、と考えたのだった。以上。(2011/01/21)

乾くるみ著『蒼林堂古書店へようこそ』徳間文庫、2010.05

静岡県出身の作家・乾(いぬい)くるみによる、文庫オリジナルとなる短編集。徳間書店から出ている『本とも』という雑誌の2009年1月号から2010年2月号までに掲載された同名の作品14本と、それぞれに付属のミステリ作品紹介14本が収められている。サブタイトルは「ミステリ・デイズ」。
書評家でもある林雅賢(はやし・まさよし)が営む古書店・蒼林堂が舞台。林と高校時代に同級生だった大村龍雄、現在高校生の柴田五葉、小学校教師の茅原しのぶ、後には柴田の友人・木梨潤一らが、日曜日にこの店にやってきて、コーヒーを飲みつつ謎解きに興じる、という構成をとる。まあ、この作家の作品なのでそれだけではすまないのだが…。
各話毎に一つのミステリ・ジャンルなりミステリの構成要素なりが俎上に上げられ、それが付属のミステリ作品紹介にも当然踏襲される。なので、乾くるみ自身のミステリ観のようなものが本書には他作品以上に色濃く出ていて、その辺りが非常に面白かった。世の中にはまだまだ読んでない、というか存在すら知らない本がたくさんあるのだな、とちょっとびっくり。乾くるみ、深いです。以上。(2011/01/22)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 サタンの裁き』角川ホラー文庫、2011.01

何と第3巻が文庫版書き下ろしで2/25に出ることになっている「バチカン奇跡調査官」シリーズの第2巻である。オリジナルは2009年8月に出ているのだけれど、第3巻を最初から文庫版で出すこともあって早めの文庫化、と相成った模様。
話の舞台はアフリカのソフマ共和国という架空の国。ソフマップみたいなんだけれどそれは気にしない。気になるけど。今回、平賀とロベルトの二人は腐敗しない預言者ヨハネ・ジョーダンの死体、という奇跡の調査のため現地に赴くのだが、彼らを待っていたのは呪術めいた意匠がこらされた殺人現場。その後、ヨハネの預言書の出版に関わっているキッド・ゴールドマンというニコール・キッドマンのような名前の男の示唆により、ヨハネが生前ロベルトの死を予言していた、ということが発覚し、更にはロベルトの身辺におかしなことが起こり始め、事態は緊迫の度を強める。二人は窮地を切り抜けられるか、はたまた死体の謎を解明することが出来るのか、というお話。
第1巻は平賀しか謎解きをしていなかったのだが、第2巻では比重は色々な意味でロベルトにかかる。となると第3巻はバランス型になるのかな、などと邪推。二人がもっと丁々発止して欲しいな、と思うのと、ちょっとミステリとしては物足りないな、という難点はある。とは言え、この作家、自身の専門領域への言及っぷりは相変わらず凄まじいもので、どう考えても体裁的にはライト・ノベルなのにやたらと衒学的、というアンバランスが第1巻以上なものになっていて、ある意味感動を覚えてしまった。以上。(2011/02/13)