道尾秀介著『シャドウ』創元推理文庫、2009.08(2006)

長編『カラスの親指』(講談社、2008)が直木賞候補となり、第62回日本推理作家協会賞を受賞、その後短編集『鬼の跫音』(角川書店、2009)でも再び直木賞候補になるなど、このところ目覚ましい活躍振りをみせている作家・道尾秀介による長編第2弾の文庫版である。第7回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞している。
癌を患っていた母の死後、幼なじみの母もそれに続くような形で自殺を遂げ、その幼なじみもまた交通事故に。妻を失うことになった父の様子もどこかおかしく、次第に日常が崩壊していく中、主人公の一人である小学5年生の少年=我茂鳳介(がも・ほうすけ)の前には恐るべき事実が次第に明らかになっていく。というお話。
前作の大ベストセラー『向日葵の咲かない夏』と同じような暗澹とした物語。しかしながら、あそこまで極端な設定はなされていない。その辺りのところは実際にお読みになってお確かめ頂きたい。兎に角、この人のストーリィ・テリングのうまさには非凡なところを感じることしきりである。伏線の張り方、人物造形などなど、どれをとっても一級品。ちょっとだけ『ドグラマグラ』を感じさせるところなどに、この作家の方向性や嗜好性が良く表われているように思う。以上。(2009/12/16)

ナンシー・クレス著『プロバビリティ・ムーン』ハヤカワ文庫、2008.11(2000)

アメリカの作家ナンシー・クレス(Nancy Kress)による、21世紀初頭に書かれたいわゆる「プロバビリティ」3部作の第1弾である。
時は22世紀、スペーストンネルの発見により太陽系外へと進出した人類は、フォーラーという異星種族との間の戦争において苦渋をなめさせられていた。そんな中、スペーストンネルの先で出会った何とも牧歌的な人々の住む惑星=世界(ワールド)の月の一つがその戦局を一変させる可能性がある人工物であることに気づいた人類は、同惑星に調査隊を派遣することになるのだが、やがて、というお話。
決して快適な読書速度を保てるレヴェルとは言えない翻訳にやや閉口したのだが、スペーストンネルという古典的なアイディアに、タイトルにもなっている確率論的世界観(何だか言葉が変だけれど、取り敢えずそんな感じ。)の話を絡めた大がかりかつ波瀾万丈なお話で、これはこれで非常に優れた作品だと思う。この後に続く2冊、とりわけ3冊目が素晴らしいらしいので、期待したい。
蛇足になるけれど、アメリカのSF作家であるとかSF小説というのは本当に人類学の影響や薫陶を受けているものだな、とここでも思った次第。異星において我々とコミュニケーション可能な「知的」生物が見つかったとして、そこで何が起きるのか、というのは今も変わらぬ読者の想像力や知的好奇心をくすぐる恰好のテーマとして健在、といったところなのだろう。以上。(2009/12/25)

ナンシー・クレス著『プロバビリティ・サン』ハヤカワ文庫、2008.12(2001)

アメリカの作家ナンシー・クレス(Nancy Kress)による、21世紀初頭に書かれたいわゆる「プロバビリティ」3部作の第2弾である。
時間設定としては前作から地球時間で2年が経過した頃。世界(ワールド)で発見された人工物の謎を解くべく、太陽系同盟防衛陸軍のライル・カウフマン少佐は天才物理学者トーマス・カペロ、「超感覚者」のマーベット・グラント、前作にも登場した宇宙生物学者のアン・シコルスキ、地質学者のディーター・グルーバーらを率いてワールドへと赴くことになる。時を同じくして、フォーラーの生け捕り作戦が成功し、意思疎通の試みが始まる。そんな中、人工物の持つ驚くべき機能の一端が明らかになりはじめ、というお話。
第3部につなぐためのもの、という印象は否めないが、人工物の処遇を巡っての人類側における様々な動きと、それに伴って惑星ワールドの社会・文化を破壊することの是非を巡って関係者達が対立するくだりなどはとても興味深く読んだ。そもそもフォーラーと戦争していること自体が正しいのか、という問題も浮上し始め、物語はどうやらとんでもないことになっているらしい第3部へと突入していくことになる。以上。(2010/01/04)

ナンシー・クレス著『プロバビリティ・スペース』ハヤカワ文庫、2009.01(2002)

アメリカの作家ナンシー・クレス(Nancy Kress)による、21世紀初頭に書かれたいわゆる「プロバビリティ」3部作の第3弾にして完結編である。キャンベル記念賞を受賞している。
第2部から1年、地球に戻っていたドクター・カペロが何者かにより誘拐され、そこに危険な臭いを嗅ぎつけた娘のアマンダはマーベット・グラントに会うべく月へ、そして火星へと赴く。折しも強硬派のピアース大将によるクーデタが勃発。そんな中マーベットとカウフマンは世界(ワールド)星系に過去を清算すべく向かいつつあった。究極兵器にもなり得る人工物を手に入れたピアースはこれによるフォーラー殲滅作戦を画策し始め、物語はいよいよ佳境へと向かう、という流れ。
展開の早さに驚いてしまうのだが、兎に角危機から危機の連続で読者を飽きさせることはない。若干やり過ぎ、という気もするけれど。まあ、これは確かに傑作だと思う。
ちなみに、第1部がU.K.ル・グインを彷彿とさせる人類学&フェミニズムSF、第2部がA.C.クラーク的ファースト・コンタクトもの+最近のエンジニアリング系SF、そして第3部がラリー・ニーヴンあるいはさらに遡ってE.E.スミス的なスペース・オペラと、いった具合に、何でもありであると同時に、20世紀のSF史を3冊で網羅してやろうじゃないか、というような意志に貫かれたようにも思える作品で、感慨深く読了した。続いて短編集へと向かいます。以上。(2010/01/07)

ナンシー・クレス著『ベガーズ・イン・スペイン』ハヤカワ文庫、2009.03(1981-2007)

アメリカの作家ナンシー・クレス(Nancy Kress)による、1981年から2007年までに書かれた中短編7本を集めた作品集である。上記「プロバビリティ」3部作とはひと味違う、むしろ短編が得意であるように思うこの作家の持ち味が良く出た好著になっている。
1本目の表題作「ベガーズ・イン・スペイン」はヒューゴー賞などを総なめにしたいわゆる「新人類」ものの傑作。遺伝子操作により睡眠の必要がなくなった人々=不眠人が受ける迫害等々を描いていく。続編もあるそうなのだが、邦訳はされないような気がしている。どうなのだろう。2本目の「眠る犬」は1本目と同じ世界を舞台に、不眠人ではない一般人=有眠人の少女を主人公とした復讐もの。いかにもアメリカンな感じでこれは結構好き。3本目の「戦争と芸術」は一番気に入った作品で、ミリタリSFに芸術という要素をぶち込んだ野心作。
4本目の「密告者」は上記『プロバビリティ・ムーン』の原型となった作品。ネビュラ賞などをとっているが、『プロバビリティ・ムーン』とはかなり異なる世界設定で、ちょっと驚かされた。5本目の「想い出に祈りを」はごく短い佳作。6本目の「ケイシーの帝国」は謎(笑)。最後の「ダンシング・オン・エア」は冒頭2作に近い人体改造ものにしてバレエの世界を扱った異色作。この作品、もっと膨らませれば長編になりそうな気もするし、映画化なども可能かも知れない。
古いものと新しいもので30年近い隔たりがあるけれど、一貫してハードSFを書き続けてきたのだな、という印象を持った。ややインパクトは薄いが、アメリカのSF界においては例えばジェイムズ・ティプトリーJr.などの後継者的な存在とみなされているのかも知れない。以上。(2010/01/16)

桜庭一樹著『推定少女』角川文庫、2008.10(2004)

直木賞作家である桜庭一樹が、2004年にファミ通文庫で出していたものの角川文庫版。エンターブレインがなんでこれを手放したのかは不明だが、エンターブレインも角川グループだから別に良いのかも知れない。角川本家文庫に移ったことで装丁が新しくなったこと、幻のエンディング2本が追加されたことは書いておかないといけない事柄ではある。
物語自体はSFでもありミステリでもある。ある事案により逃亡生活に入った15歳の少女・巣籠かなはダストシュートから全裸の美少女・白雪を発見し、行動を共にし始める。秋葉原に赴いた彼らは、ミリタリ・マニアである千晴と出会い、やがて3人はとんでもない事態に巻き込まれていく、というもの。
どこかで聞いたような話が満載だし(基本的にリュック・ベッソンによる一連の映画みたい。かなに付けられる「ジャンヌ・ダルク」というニック・ネームはかなり意図的なものだろう。)、基本的に軽い小説なのは間違いないのだけれど、一つの作品としての完成度や、今日の少女世界などをうまい具合に表現しているのではないかと一応思うことにする人物設定や台詞の機微などはさすがにこの作家ならでは。恐らくは青春文学の傑作として長く読まれることになるのだろう。以上。(2010/01/23)

桜庭一樹著『GOSICK −ゴシック−』角川文庫、2009.09(2003)

上と同じで申し訳ないのだが、これもまた、直木賞作家である桜庭一樹が、2003年に富士見ミステリー文庫で出していたものの角川文庫版。シックな装丁になり、新たな読者を獲得したのではないかと思う。
時は20世紀初頭。ところはヨーロッパにあるという架空の国・ソヴュール。日本からの留学生・久城一弥を主人公とし、同じ学園に通う(というか行っていないみたいなのだが…)ゴシック系美少女ヴィクトリカを謎解き役として配したミステリ+アドヴェンチャー小説で、本当に良くできている。
古典的でストレートな犯人当てが基本線にあるこの作品、随所に伏線や謎を大量にちりばめ、短いながらもかなりな数の登場人物をしっかりと書き分け操る作者の手腕は実に見事なものだ。主要登場人物二人のベタな造形もまた、これこそが今日の主流小説、という感じで非常に興味深く読んだ次第。既刊6冊をなるべく早い内に富士ミ文庫なども利用しつつ読み進めたいと思う。以上。(2010/01/26)

桜庭一樹著『少女には向かない職業』創元推理文庫、2007.12(2005)

桜庭一樹によるミステリ長編。東京創元社の《ミステリ・フロンティア》の第19回配本だったものを文庫化したものである。ついでに述べておくと、現時点で50冊を数える同叢書の第1回配本が、あの伊坂幸太郎による大傑作『アヒルと鴨のコインロッカー』だったことは記憶されていて良い事柄である。
話自体は上の2冊から色んな部分を取り出して貼り合わせたような感じのもの。山口県のとある島を舞台に、『推定少女』の主人公であるような中学2年生の少女と、『GOSICK』の謎解き役であるような同じ学年の読書好きゴスロリ少女が、ややいびつな共闘関係を築きつつそれぞれの過酷な宿命に立ち向かい、闘う、というお話。
ここまで読み進めてきて良く認識できたのだが、要するに古典的なモティーフとプロット、あるいは人物設定等々をふんだんに使いつつ、それを今日的な形にアレンジし直す、というのがこの人の持ち味なのだろう。例えば何故かまだ直木賞をとれていない伊坂に見られるような「もの凄い天才性」やその片鱗みたいなものはほとんど感じないし、基本的に独自性が薄いという難点はあるとは思うのだけれど、文章のリズムや、ゲームを中心とする現代文化の埋め込み具合には見所が多い。後者について言えば、この人、元々ゲーム作家なのだから当たり前なのだけれど。以上。(2010/01/31)

歌野晶午著『密室殺人ゲーム王手飛車取り』講談社文庫、2010.01(2007)

桜庭連戦が切れてしまったが(別に格闘家じゃないんだけれど…)、そこに分け入ってきたのは今やミステリ界で最も重要なポジションにいるんじゃないかとさえ考えている歌野晶午が3年前に発表した極めて野心的な作品。タイトルからして清涼院流水を彷彿とさせるところもあり、それは確かにそうなのだけれど、ミステリ作品、そしてまたエンターテインメント作品としての完成度の高さは途方もないもので、既に出ている『密室殺人ゲーム2.0』をとっとと注文したところである。
話としては、ネット上のつながりを持つ5人が、ウェブ・ミーティングみたいなことをして各々が起こしたリアルな殺人事件の謎解きをしあう、というもの。確かに反社会的の極みのような設定だけれど、それも含めての作品なので批判したい人は読んでから批判して欲しいところなのだが(『ひぐらし…』だの『うみねこ…』なんてのもそうですね。ああ、後者で提示される倫理観はちょっとだけ本書に近いかも。)、それは措くとして、そもそもこんな発想の作品は過去に例がないのではないか、と思うのだがいかがだろうか。『DEATH NOTE』みたいなものも、案外誰もやっていなかった基本的なアイディアとその膨らまし方がもの凄かったわけなのだが、これなどもその典型例。更には、短編や長編が書けちゃいそうなアイディアを、アイディアだけポンと投げ出してしまうような大盤振る舞いの連発振りには驚喜した次第。いやぁ、脂乗り切りすぎですよ、今日の歌野晶午は。
本格と社会派、新本格と変格の対立というか弁証法的発展みたいなものを経て、もうそんなもんどうでもいいや的になっていると思う今日のミステリ界だけれど(というか、もう2010年代だし…)、今世紀に入ってからの歌野晶午は、そういうものも全てひっくるめた上で、新たなエンターテインメントの境地にたどり着きつつあるように思う。高い評価を得た『2.0』がどんなものになっているのか、非常に楽しみである。以上。(2010/02/01)

ヴァーナー・ヴィンジ著 赤尾秀子訳『レインボーズ・エンド 上・下』創元SF文庫、2009.04(2006)

2007年に初めて日本で開催された世界SF大会でヒューゴー賞に輝いた作品の登場である。翻訳に2年ほどかかっているが、お疲れ様、という感じ。非常に良く出来た訳で、そのことにまずは敬意を表したいと思う。
さて、著者のヴァーナー・ヴィンジ(Vernor Vinge)はアメリカの作家。サイバーパンクの先駆的作品『マイクロチップの魔術師』(1982)の著者にして、シンギュラリティという概念の提唱者として知られる他、ヒューゴー賞他に輝くこと多数、本職はサンディエゴ大の数学教師だった、という非常にユニークなお方である。
物語はかなり複雑というか全体に錯綜・迷走気味。時は2030年代、人類全体をマインド・コントロール下におくことの出来る細菌兵器の開発計画を進める何者かの存在が浮かび上がる中、EU諜報部は「ウサギ」という名のハッカーを雇いサンディエゴにあるバイオ研究所を乗っ取る計画を策定。そのサンディエゴでは折しも、かつての偉大な詩人ロバート・グーが、高度に発達した医学によりアルツハイマー症から回復し、中学校で最新テクノロジーへの適応教育を受け始めていた。ロバートとその年齢構成がヴァラエティに富んだ同級生たち、そしてその家族らはいつしか大きな陰謀の渦に飲み込まれていくことになり、というお話。
老人を主役としているところなどに『RD潜脳調査室』への影響というかそれとのシンクロニシティを感じてしまったりするのだが(どっちが先?)、それはさておき、本書は例えば『電脳コイル』で描かれたような、今日そろそろ現実的なものになりつつある視覚・聴覚情報の拡張技術が相当なところまで発達している電脳社会の活写振りが実に見事な作品になっているように思う。ウィリアム・ギブスンや士郎正宗らが示したようなめくるめくイメージではなく、あくまでも今日の延長線上にある電脳社会というところがポイントで、その中で起きてくるだろう色々なことについての記述を、大きな物語の中にさりげなくしかも多量にまき散らしていて、これは大局を読むよりディテイルを読むべき作品だな、などと考えた次第である。
色々な謎が回収されなかったり、「うーん、で、結局何だったんだ?」、と思うところもなきにしもあらずなのだが、上に書いたようなディテイル群がそういうことを補って余りあるのでさほど気にはならない。近未来SFの、金字塔とまでは言わないがかなりの佳品、と申し上げておこう。若干気になるのは価格で、上下合わせて650ページほどなのだが計2,000円ほどになる。1冊にして値段を下げる手はなかったのだろうか、とややげんなりしたのも事実である。以上。(2010/02/03)

今野敏著『奏者水滸伝 阿羅漢集結』講談社文庫、2009.10(1982)

1982年に『ジャズ水滸伝』(講談社)として上梓された第1長編の通算二度目となる文庫化である。全7巻からなるシリーズだが、随時再刊されていく模様。楽しみに待ちたい。
物語としては、やはりジャズと格闘技や超能力を基本に据えた、既に紹介したこの著者のデビュウ作「怪物が街にやってくる」(1978)の延長線上にある。主役となるのは本書の中でカルテットを形成していくことになる4人のジャズ・ミュージシャン達。構成を書くと、Piano古丹神人(こたん・かみと)、Drums比嘉隆晶(ひが・りゅうしょう)、Bass遠田宗春(おんだ・そうしゅん)、Sax猿沢英彦(さるさわ・ひでひこ)といった面々。
この4人、演奏能力もさることながら、常人離れした格闘技術やら、予知能力めいたものやら、テレキネシスやらを駆使する、といったような具合で、ちょっと普通ではない。どうやらこの人達、世界の安定を保つべく何世代かごとに現われる「阿羅漢」と呼ばれる存在らしきことが語られるのだが、それが果たすべき真の役割がどういうもので、どんな敵に立ち向かうことになるのか、といった辺りは続巻以降のお楽しみ、である。
「怪物…」やそれに続く短編群もそうだったのだが、今野敏のジャズと格闘技に対する愛というものは並大抵のものではなく(ついでに言うと茶道も。)、それが行間からにじみ出すと言うより飛び出してくるようで、かなり熱くさせて頂いた次第。今日最もホットな作家の、キャリア形成初期におけるヴァイタリティ溢れる作品を是非ご堪能頂きたいと思う。以上。(2010/02/05)

二階堂黎人著『聖域の殺戮』講談社文庫、2010.01(2006)

基本的にはミステリ作家として知られる二階堂黎人による、SF要素満載のミステリ作品。この作品、実はシリーズもので、その第1弾『宇宙捜査艦≪ギガンテス≫』は徳間デュアル文庫で2002年に刊行(現在入手困難)、本書は講談社ノベルスから2006年刊行、という流れを経てきている。第3弾がどこから出るのか、多分講談社だろうな、などと思いつつ以下所感を。
時は24世紀。聖域とされる惑星バルガに派遣された調査隊が全滅。残されたのは、一人を除いて全員胴体を失った多数の死体と、密室状態で撲殺されたものと思われる地球人女性の死体。謎の大量殺戮&密室殺人事件の真相究明のため、宇宙捜査艦ギガンテスのメンバは現地に赴くことになるのだが、果たしてその真相とは、というお話。
基本的に様々な異星人が多々登場するSF設定なので、我々の日常感覚とは異なることが頻発し、その辺りがとても楽しい。もちろん、この作家のこと、本格ミステリというジャンルからは全く外れておらず、ある世界観の中での合理的な説明、という基本線はきちんと守られている。確かに、同氏の他作品に比べ若干謎解きに深みがない、という難点はあるけれど、SFとミステリを融合させているのでミステリ要素が薄くなるのは必然ではないかと思うのである。第3弾では、本作をはるかに超えるあっと驚くような仕掛けに期待したいと思う。以上。(2010/02/11)

帚木蓬生著『聖灰の暗号 上・下』新潮文庫、2010.01(2007)

名前の入力に手間取ってしまったが、本書は精神科医でもある帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)が2007年に公刊したヨーロッパを舞台としたサスペンス小説の文庫版である。今更ながらこの人が直木賞を取っていないことにはやや意外さを感じたりもするのだけれど、それだけの力のある作品を過去に多々送り出してきた、言ってみれば非常に信頼の置ける作家の一人が世に問うた大長編ということになる。
タイトルは当然「聖杯」をもじったもの。その物語には聖杯ならぬ聖灰が絡んでくるのだが、舞台はフランス南部のオクシタニアと呼ばれる地域。いわゆるオック語が話されていた、あるいは話されている地域である。主人公はフランスに留学中の歴史学者の卵・須貝彰。彰は去年私も訪れたパリのとある墓地で知り合った女性精神科医クリスティーヌ・サンドルとともに、オクシタニアで起きたローマ・カトリックによるカタリ派弾圧の模様を伝える古文書の探索に乗り出すのだが、それを聞きつけたとおぼしき者達からあらぬ妨害が。やがて二人の周囲の人々が次々に変死を遂げ、その脅威は二人の身にも及び始める。彰は果たしてどこまでカタリ派弾圧の真実に迫れるのだろうか、というお話。
上の要約を見て頂ければ分かる通りテーマと言いその物語構成と言い『ダ・ヴィンチ・コード』からの影響は極めて濃いのだけれど、ダン・ブラウンばりの展開の早さであるとか、何度も足を運んだのだろうな、と思わせるオクシタニア地方の風物や地形などの描写の克明さに、思わず舌鼓。『ダ・ヴィンチ・コード』と同じくローマ・カトリックをやや一方的に悪者にしてしまっている感は否めないし、余り意外なことが起きない難点もあるのだが、エンターテインメント作品としては間違いなく一級品の部類に入るものだと思う。適度な知的刺激と、これまた適度な娯楽性を体現した、好編を是非ご一読の程。以上。(2010/02/11)