宮部みゆき著『ソロモンの偽証 1-6』新潮文庫、2014.08-10(2012)

エンターテインメント小説界きっての書き手・宮部みゆきによる、4,700枚にも及ぶ大長編の文庫版である。2002年から『小説新潮』に約10年にわたって連載され、2012年に3巻本として単行本化。
今回の文庫化では、単行本3冊をそれぞれ2分冊化し、計6冊という形になった。『週刊文春』の「ミステリーベスト10」及び「このミステリーがすごい!」で2位を獲得。2015年には映画公開を控えている。また、第6巻には20年後を描いた書き下ろしの短編「負の方程式」が収められている。
第I部 事件(1-2):1990年のクリスマスイブに、城東第三中学校男子生徒が学校の屋上から転落して死亡する。警察は自殺と断定し、事件は解決したものと思われた。しかし、その後、柏木卓也の死は自殺ではなく、不良少年・大出俊次が殺したとする告発状が校長の津崎、担任の森内、そして柏木の同級生である藤野涼子の元へ届く。津崎はこの事実を公開せず、告発者は三宅樹里であると断定。その事実が公表される前に、告発状は森内の隣人によりマスコミに流出し、世間にさらされてしまう。三宅の友人である浅井松子は真実を告げるよう三宅を説得するが、その帰りに交通事故に遭い死亡。更に、告発された大出の家では火災が発生し、大出の祖母が死亡するに至る。
第II部 決意(3-4):翌年。3年生になった藤野涼子は、卒業制作で学校内裁判をしたいと言い出す。反対する教師が多い中、教師・北尾の力により裁判が行なわれることになる。大出への容疑を晴らすため、藤野は自ら弁護人になることを希望するが、柏木と小学生時代の友人であった神原和彦という中学生が大出の弁護を志願してきたため、藤野はやむを得ず検察官となる。その後検察側、弁護側がそれぞれの立場で事件に関する証言を集め、事実関係を整理し、いよいよ公判開始の日を迎える。
第III部 法廷(5-6):夏休みのさなか、終戦記念日の8月15日に学校内裁判が開廷。様々な証人が証言台に立つ中、告発状の主である三宅樹里が非公開の法廷に出廷し、改めて自分は柏木君が殺されるところを見たと証言する。その後裁判を通して事件や柏木についての情報が出揃う中、裁判閉廷日に弁護人である神原が検事側の証人として証言台に立つ。神原は、最後に何を証言するのか、そしてまた裁判の行方は、というお話。
もう、これは神の領域に足を踏み入れているというか、ちょっとこれまでに書かれてきた「小説」、と呼ばれるものの範疇から外れるのではないかと思うくらいとんでもない作品である。今日的な話題に正面から取り組み、周到な取材を敢行し、そしてプロットや文章を練り上げる。それら一つ一つが、ほとんど人間離れしたレヴェルで行なわれている。
アイディア頼み、であるとか、革新的である、とか、そういうことではなくて、そこいらに転がっているテーマや情報を丹念に拾い上げ、巨大かつ緻密なものを組み上げる。デビュウ以来培ってきた小説技法の粋、とも言うべきものを体感できる、空前絶後の作品である。以上。(2014/12/10)

羽田圭介著『盗まれた顔』幻冬舎文庫、2014.10(2012)

1985年に東京で生まれた羽田圭介(はだ・けいすけ)による、2012年発表の警察小説の文庫版。幾度かにわたり芥川賞候補に挙がっているこの作家だけれど、この作品は純然たるエンタテインメント作品で、大藪春彦賞の候補にも挙がっていた。
警視庁に所属する刑事・白戸が主人公。指名手配犯の顔写真を記憶し、街中で該当の人物を探す見当たり捜査班の一人である白戸だが、このところ不調のため無逮捕状態が続いていた。そんなある日、白戸は道行く人の中に、かつての事件で関わった、死んだはずの元刑事の顔を見かける。白戸は、元刑事の影を追い始めるが、やがて大きな陰謀に巻き込まれていく、…というお話。
某ハードボイルドの傑作をちょっとだけ思い出しながら読んでいたのだが、これもまたなかなかお目にかかれないレヴェルの傑作。見事な筆致で書かれた息詰まるサスペンスであると同時に、ある男の生きざまを活写した本当に優れたヒューマンドラマでもある本書、数多くの傑作がある警察小説というジャンルの中でも、その完成度においてかなり上位に入る作品ではないかと思う。以上。(2014/12/28)

浦賀和宏著『姫君よ、殺戮の海を渡れ』幻冬舎文庫、2014.10

このところ文庫書き下ろしでの作品発表が続いている浦賀和宏による、やはり文庫書き下ろしによる大長編である。400字詰め原稿用紙換算で1,000枚を超えているらしい。帯によると、「切なく悲しい衝撃のラスト!青春恋愛ミステリ。」、ということになる。
敦士は、糖尿病を患う妹・理奈が群馬県の川で見たというイルカを探すため、彼女と友人を連れだって現地へと向かう。当初は妹の言葉を全面的には信じていなかった敦士だが、町の人々が見せる不審な様子により、裏に隠された秘密があることに気付いてしまう。「群馬県のイルカ」、に秘められた驚愕の真実が明らかになる時、敦士は激烈な運命に放り込まれることになるのだが…、というお話。
「安藤シリーズ」とも若干のつながりを持っているけれど、一応シリーズ外作品、ということになるのだろう。タイトルはもちろん西村寿行の『君よ憤怒の河を渉れ』からとられているけれど、内容的にちょっとだけつながるところもある。
あの超ベストセラー作品のように、映画化されることは、多分ないだろうけれど、「青春恋愛ミステリ」というよりは、結構ハリウッド映画的なノリとかテイストもそこかしこに感じられる、外連味たっぷりの良く出来たエンターテインメント作品になっている、と思う。以上。(2014/12/30)

有栖川有栖著『高原のフーダニット』徳間文庫、2014.11(2012)

今や誰もが認める本格ミステリの泰斗・有栖川有栖による、「火村英生」もの3本の作品からなる短編集である。『問題小説』などが初出誌で、単行本は2012年刊。
「オノコロ島ラプソディ」:淡路島で起きた事件の捜査に関わることになった火村たち。容疑者には鉄壁とも言えるアリバイがあった…。「ミステリ夢十夜」:有栖川有栖は近頃変な夢を見る。それは、火村と有栖川を次々に怪異が襲う、というものなのだが…。「高原のフーダニット」:火村のもとにかかってきたある男からの電話。それが、高原を舞台とする双子殺人事件の幕開けだった…。
これだけコンスタントに本格ミステリ作品を発表し続けている作家というのも本当に希少なもので、まことに頭が下がる。年をとらない火村・有栖川コンビのように、これからも本書のような良作を、それこそコンスタントに出していってほしい、と思う。以上。(2015/01/03)

誉田哲也著『あなたの本』中公文庫、2014.12(2012)

誉田哲也による、7つの短編からなる作品集の文庫版である。初出情報が示されていないのだが、連載物でも、連作物でもないし、他のシリーズとのかかわりはわずかにしかない。
「帰省」では憧れの都会で暮らす女の秘密を、「贖罪の地」では森の奥で暮らす原始人たちの真実を、「天使のレシート」ではごく普通の男子中学生の前に現れた天使の目的を、「あなたの本」では自分のことが書かれた一冊の本に翻弄される男の運命を、「見守ることしかできなくて」では天才スケート少女を見守り続ける少年の淡い想いを、「最後の街」では成功したミュージシャンがやがて辿り着いた場所を、「交番勤務の宇宙人」では新宿にある交番に勤務する諸星巡査長の日常を、描く。
テーマやジャンル的に見て極めて多岐にわたる作品集なのだけれど、それこそがこの作家、とも言えるかも知れない。青春物や恋愛小説から警察小説まで。意外なまでにシリーズ外短編集が少ない誉田哲也の、現時点までの活動領域をうまい具合に網羅した、貴重な作品集になっている。以上。(2015/01/05)

伊藤計劃×円城塔著『屍者の帝国』河出文庫、2014.11(2012)

2009年3月に亡くなった伊藤計劃が遺した「プロローグ」部分にあたる試し書きと、数枚の資料などを基に、円城塔がその遺志を継いで完成させたSF巨編の文庫版である。第39回日本SF大賞特別賞、第44回星雲賞、2013年本屋大賞にノミネート、「SFが読みたい!2013年版」国内篇第1位等々、輝かしいまでの受賞歴と高い評価を得た作品となる。今年中には劇場版アニメーション化される模様。
19世紀末、フランケンシュタイン博士が発明した屍者蘇生技術が定着し、屍者が労働力としてインフラストラクチャーを支えている、という設定の世界が舞台。主人公である医学生のジョン・H・ワトソンは大英帝国の諜報機関=「ウォルシンガム機関」のエージェントとなり、アフガニスタンに潜入する。
そこで彼を待っていたのは屍者の国の王アレクセイ・カラマーゾフ。ワトソンはカラマーゾフからの依頼で「ヴィクターの手記」及び最初の屍者であるザ・ワンの行方を追うことになる。世界を駆け巡る追跡劇の先に、ワトソンを待つものは一体何か、というお話。
基本的にはスティーム・パンクと呼ばれるジャンルに属する作品である。登場人物は、上のワトソン、アリョーシャ・カラマーゾフの他にも、ハダリー、トーマス・エディソン、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング、レット・バトラー、大村益次郎等々といった具合に、実在・フィクションを問わず入り乱れている、といった様相。
膨大な情報量、巨大なスケールを持つ作品ではあるのだが、まったく退屈することなく一気に読める、極めてリーダビリティの高い作品に仕上がっている。ある意味、21世紀初頭という時代における、SF、あるいはエンターテインメント小説の金字塔とも言える作品だと思う。以上。(2015/01/10)

伊坂幸太郎著『PK』講談社文庫、2014.11(2012)

伊坂幸太郎による、80ページほどの短編3本からなる作品集である。そのうち、「PK」と「超人」が『群像』、「密使」が河出文庫のSFアンソロジー『NOVA5』に掲載されたのが初出となる。解説は当のアンソロジー責任編集者・大森望が担当している。
「PK」:2002年のサッカーW杯予選。PKを蹴る小津の笑顔にはわけがあった。意志を試される政治家と圧力をかけられる小説家。勇気の連鎖が今動き始める。「超人」:小説家三島の家を訪ねたのは予知能力を持つと自称する本田青年。本田はその能力を実現するべく、かつて命を救った人物と会食する大臣を襲撃するが…。「密使」:他人の時間を6秒間奪うことが出来る大学生。そんな彼に、とある研究所に忍び込み、ゴキブリを盗めという指令が下る。そんな、相互に絡み合った三つのお話。
SFっぽい設定、そして群像劇。元々こういう感じの作風を持っていた伊坂幸太郎なので、特に驚くにはあたらない、と思う。寓意性、独特な正義感、そして圧倒的な構成の妙。どこをとっても伊坂幸太郎、という、コンパクトながらその作家としての充実ぶりを示す作品である。以上。(2015/01/12)

笠井潔著『天使は探偵 スキー探偵大鳥安寿』光文社文庫、2014.11(2001)

笠井潔による、スキー・インストラクター大鳥安寿を探偵役とするミステリ連作の文庫版である。単行本は2001年に集英社刊。このたび、13年の歳月を経て、第5編「黄泉屋敷事件」を追加しての初文庫化、となった。
収録されているのは、「空中浮遊事件」、「屍体切断事件」、「吹雪山荘事件」、「白骨屍体事件」、「黄泉屋敷事件」の5本。八神村営スキー場でインストラクターを務めている大鳥安寿は、事件が発生した瞬間に真相に到達してしまうという特異能力の持ち主。それぞれのエピソードでは、彼女と語り手の作家・矩巻濫太郎(のりまき・らんたろう)が遭遇する事件とその解決が描かれていく。
「解決」と書いてはいるが、安寿には最初から犯人も真相も分かっているので、彼女にとって事件は最初から「解決」してしまっているとも言える。かと言って周囲の人々にとっての「解決」は、様々な証拠や説明が整って初めて可能となるもの。なので、安寿の仕事は、証拠を集め、説明すること、になるのである。
上に述べたことからお分かりの通り、本書はその立ち位置として、「本質直感」を武器とする矢吹駆ものとの連続性を持っている。全ての事件の背後にうごめく、明らかにオウム真理教をモデルとするカルト教団の存在や、彼らとの対決を描いているところに、思想系ミステリ作家としての本領を感じた次第である。以上。(2015/01/15)

京極夏彦著『定本 百鬼夜行―陽』文春文庫、2015.01(2012)

北海道生まれの作家、京極夏彦による「百鬼夜行」シリーズに属する長編群のサイドストーリー10本からなる短編集の文庫版である。親本は2012年に文藝春秋から刊行。
1999年にそれまでの長編のサイドストーリー10本を集めた『百鬼夜行―陰』(講談社)が刊行され、その後も3冊の番外編(いずれも講談社)が出ているが、本作には2003年以降に発表された同シリーズのサイドストーリー10本が収録されている。このシンメトリー構造は、いかにもこの作家らしいのだが、それはさておき。
収録作品は前から順に「青行燈(あおあんどう)」、「大首(おおくび)」、「屏風闚(びょうぶのぞき)」、「鬼童(きどう)」、「青鷺火(あおさぎのひ)」、「墓の火(はかのひ)」、「青女房(あおにょうぼう)」、「雨女(あめおんな)」、「蛇帯(じゃたい)」、「目競(めくらべ)」、である。字面からイメージを膨らませて欲しい。(Shift-JISだと表示できない文字もあるが…。)各々、「百鬼夜行」シリーズの登場人物の、ある意味心の闇とでもいったものを描く作品群となっている。
ところで、この本、実は予告からかれこれ10年くらい経っているんじゃないかと思う最新長編『鵺の碑』のサイドストーリーが2本含まれていて、じゃあ本体はどうなってるの、と思ったのだが、取りあえず電子書籍版の販売サイトには、発売日が「近日決定」とある。って、これ、一体いつ更新されたんだろう…、2012年?以上。(2015/01/20)

三津田信三著『シェルター 終末の殺人』講談社文庫、2015.01(2004)

以前紹介した『スラッシャー 廃園の殺人』と対をなすのかシリーズなのか、今のところ謎なホラー・ミステリ長編である。元本は2004年に東京創元社のミステリ・フロンティアの1冊として刊行されていたが、約10年の時を経て文庫化の運びとなった。
舞台は火照陽之助(ひでり・ようのすけ)という自称ミステリ作家が所有する屋敷の地下に設置された核シェルター。同地を見学のため訪れていた6人の男女は、有事が起こったことを知りシェルターに辛くも逃げ込む。外部と遮断された環境下で共同生活を始めた6人だったが、一人また一人と密室状況下で殺されていく。犯人は誰か。そしてまたシェルターに秘められた真実とは一体何か。というお話。
冒頭の献辞は、「もう一人の三津田信三」にあてられている。そして、すぐ次のページにはモルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』の一節が引かれる。何とも曰くありげな、思わせぶりな感じなのだが、本編も実に一筋縄ではいかない、というかなんというか…。そもそもタイトルからしてシェルター、だし、なのだが。
それでも、この作品にはどこかしら、「シェルター」という語が否応なく想起させる閉塞感だけではないものがほのかに存在するように、個人的には思われた。
そんなわけで、本書は、閉塞感というか鬱勃感が空前絶後な感じの“作家三部作”完成直後の時期に書かれた、当時作家としての地位を固めつつあった三津田信三が、やや肩の力を抜いて書いた感のある、さりとてやはりこの作家らしいギミックに満ちた作品、とまとめておくことにする。以上。(2015/01/25)

歌野晶午著『密室殺人ゲーム・マニアックス』講談社文庫、2015.01(2011)

歌野晶午による、「密室殺人ゲーム」シリーズの第3弾を文庫化したもの、である。ノベルス版の刊行は2011年。何故か読み忘れていたのだが、文庫化されてしまったのでこちらを読むことに。
〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉。「密室殺人ゲーム」とは、以上の奇妙なハンドルネームを持つ5人がネット上で日夜行なう推理バトルのこと。出題者は自ら実際に殺人を犯し、そのトリックを解いてみろ、とチャット上で挑発を繰り返す。そんな迷惑千万としか言いようのない彼らの蛮行はいつまで続くのか…、というお話。
という要約では殆ど何も伝えていないのだが、正直これ以上書くと先入観を与えてしまうというか端的にネタバレになるというか。まあ、この作家の作品なので、一筋縄ではいかないことは分かっているし、次はどんなことを仕掛けてくるのかな、といつも期待している。間違いなくそんな期待に応える作品、とだけ述べておきたい。
ちなみに、現時点で何も書かれていない様子なのだが、きっと第4弾もあると思うので首を長くして待ちたいと思う。以上。(2015/02/05)

芦辺拓著『殺人喜劇の13人』創元推理文庫、2015.01(1990)

大阪府生まれの作家・芦辺拓による、第1回鮎川哲也賞受賞作にしてデビュー作の改稿版、である。元本は東京創元社より1990年に刊行。1998年には講談社文庫で出ていたが、今回版元が旧に復することになった。カヴァのイラストは六七質が、巻末の解説は千街晶之が担当している。
D大学文芸サークルの一員となった十沼京一は、「泥濘荘」なる洋館で仲間と共にキャンパスライフを謳歌していた。そんなある日、サークル・メンバの一人が縊死体で発見される。これを端緒に次々に死んでいくメンバたち…。犯人は誰なのか、そしてまたその動機とは何なのか、というお話。
ある意味、密室トリックやら時刻表トリックやら、古くからあるミステリの要素をてんこ盛りにした寄せ鍋のような作品なのだけれど、それだけではない。この後今日まで書き継がれている森江春策ものの第1弾であることや、90年代に花開くことになるメタ・ミステリ的な構成など、読みどころは満載。
私自身前々から気にはなっていたけれど何故か読んでいなかったこの傑作が、これを機に新たな読者を獲得することを心から願う次第である。以上。(2015/02/08)

円城塔著『道化師の蝶』講談社文庫、2015.01(2012)

京極夏彦と同じ北海道生まれの作家・円城塔による、2012年に単行本として刊行された作品集の文庫版である。『群像』2011年7月号初出の「道化師の蝶」及び同じく『群像』2012年2月号初出の「松ノ枝の記」の2作品が収められている。
ご存知の通り、円城塔氏は「道化師の蝶」により第146回芥川賞を受賞したのだが、かれこれ3年も前の話になってしまっている。それは措くとして、以下、極めて簡単に概略と感想などを。
「道化師の蝶」:友幸友幸(ともゆき・ともゆき)なる人物により無活用ラテン語で書かれた小説『猫の下で読むに限る』で、「着想を捕まえる銀糸でできた網」を持つ「道化師(アルルカン)」として描かれた実業家のA・A・エイブラムスは、その潤沢な資金をもとに作者・友幸の所在を探索することに執着するが…。
「松ノ枝の記」:「わたし」、は旅先で見つけた「彼」の作品を翻訳し、それが「彼」の目に留まり、「彼」は「わたし」が訳した「彼」の作品を再翻訳する。次第に増えていくオリジナルからは遠く離れた作品群。やがて「わたし」は「彼」に会いに行くことになるのだが、そこで待っていたものは…、というお話。
いつものように要約が難しい作品群なので、取りあえず上の概略からは、なるほど円城塔だな、という雰囲気を感じ取っていただければ、と思う。
どちらの作品も、時間と言語について(YESの曲みたいだが…)の思索を巡らしたSF的な意匠を持つ文学作品、に仕上がっているのだが、実のところ、この人の作品としてはかなり読みやすい部類に入る気がする。J.L.ボルヘス、I.カルヴィーノのようなものがお好きな方には是非ともお勧めしたい。以上。(2015/02/10)