京極夏彦著『前巷説百物語(さきのこうせつひゃくものがたり)』角川書店、2007.04

直木賞を受賞した2003年刊行の『後巷説百物語』に続く「巷説百物語」シリーズの第4弾である。第1弾と2弾では「仕掛け」の中心人物として描かれていた「御行の又市(おんぎょうのまたいち)」が、どのような事情からそのような稼業に入っていったのか、という前日談が、実に見事な6本の中編によって語られていく。
「江戸庶民は、基本的には合理主義的なのだけれどどこかで怪異をリアルなものとして感じ取るメンタリティを持っていたのではかろうか。」というような、「京極堂」シリーズまで通底する絶妙な日本人観に裏打ちされた、様々な妖怪その他の類を用いた仕掛けがうまい具合に作用して様々な事件や事態の解決・解消に役立つ様を描いていく各話の物語展開が毎度のことながら何とも楽しい。
それに加え、今回は又市という実に印象深いキャラクタの内面を深く掘り下げつつ、正義とは何か、人とは何か、といった哲学的洞察が随所に盛り込まれた実に奥の深い中編連作集となっているところが特筆されるべきところで、本書は直木賞受賞以後におけるこの作家の新境地を示したもの、と言って良いだろうと思う。
さてさて、これにて一応「起承転結」のような形で4冊が刊行されたわけなのだけれど、既に京極堂ものに匹敵する大きさを持つに至ったこのシリーズ、これで終わるのは余りにも惜しい、と思っていたところ、既に年2回刊行の雑誌『怪』では『西巷説百物語』の連載が開始されている模様である。こちらにも期待したいところ。以上。(2007/08/27)