竹本健治著『せつないいきもの 牧場智久の雑役』カッパノベルス、2008.07

2年ほど前に出た同じ「牧場智久の雑役」ものの『狂い咲く薔薇を君に』の続編。前著と同じく、三つの中編からなるのだけれど、語り手が津島海人(つしま・うみひと)からもともと牧場智久ものの中核人物だった智久の恋人である女子高生剣士・武藤類子(むとう・るいこ)にシフト、更には1991年の作品『殺人ライブへようこそ』に出て来た類子に想いを寄せるカリスマ・ミュージシャンの速水果月(はやみ・かづき)が登場し、話は類子+果月を中心に展開することになる。
元々漫画の原作としてプロットが書き溜められていたものらしいので、こういうペースで刊行されるのも何となく頷けるのだが、こちらも既に2冊出ている「キララ」ものも含めて考えると、「この寡作作家がここへ来て一体何故?」、という気もしてしまう。「ウロボロス」シリーズが一段落して、色々な意味で余裕が出来たのかも知れない。
それは兎も角、エレベータを用いたパズルをメインに据えた第1話、「キララ」シリーズにも通じる日本のサブ・カルチャーを取り上げた第2話、クイズとサスペンスがうまく絡み合った第3話というヴァラエティ豊かな作品集になっていて、そのライト・ノヴェル的なたたずまいと本格ミステリのエッセンスが絶妙に配合された良作だと思う。順番的に、次作の語り手は果月にシフト、だろうか?以上。(2008/09/02)

勇嶺薫著『赤い夢の迷宮』講談社ノベルス、2007.05

講談社の青い鳥文庫などで子供向けのミステリを刊行し続けてきた三重県出身の作家・はやみねかおるが、約20年ぶりに使ったという「勇嶺薫(はやみねかおる)」名義で出版した一般向けの本格ミステリ長編である。
小学生時代に仲良しだった7人が、25年の時を経てそれぞれの生活を送る中、昔交流のあったOGという富裕な老人からある日突然の招きを受け、かつて何度か訪れたことのある彼の屋敷へと赴くことに。そして、そこで起こる連続殺人事件を巡り、物語は錯綜を極め…、というお話。
さてさて、この作家には「名探偵夢水清志郎事件ノート6」に入っている『機巧(からくり)館のかぞえ唄』(1998、講談社青い鳥文庫)という傑作があるのだけれど、実はこの本のタイトルに含まれる「赤い夢」というモティーフはかの作品にも表われていた。それ以上は語れないのだが、要するにこの二つの作品には深い繋がりがあるので、セットでお読みになることをお薦めしたい。
何となく浦沢直樹の『20世紀少年』のような冒険活劇っぽい雰囲気もあって個人的にはその辺が面白かった。そうなのであるけれど、本書は基本的に例えば綾辻行人や竹本健治が書いているようなホラーのテイストが濃い本格ミステリ、といった位置付けになると思う。文体はこれまでの子供向け作品と余り変わらないのだが、綾辻や竹本の幾つかの作品同様全体のトーンはひたすら重く、更に言うと色々な意味で結構深読みができる作品だと思う。
なお、以下蛇足ながら、宇山日出臣(うやま・ひでお)に向けられた冒頭献辞に、「せめて今は、一読者として、読んでいただけたらと思います。」とあるのだけれど、この「新本格」仕掛け人として知られる編集者は実は2006年8月に惜しくも亡くなられていて、それは本書の刊行時から見ればかなり前であり、更には入稿時期よりも結構前なのではないか、と思うのだが、この著者はそれを知らされていなかったのだろうか、などと邪推してしまった。しかし、それはあり得ないことなので(新聞にも出たような…)、この献辞にも何か隠された意味があるのか、などと考えてしまったのであった。以上。(2008/09/22)