森博嗣著『目薬αで殺菌します Disinfectant α for the eyes』講談社ノベルス、2008.09

森博嗣によるGシリーズ第7弾。第6弾『η(イータ)なのに夢のよう Dreamily in spite of η』から実に1年半振りの刊行。恐らく第10弾でなされるのだろう完結までにはかなりの時間がかかりそうな気がするのだが、気長に待つ他はない。
とある製薬会社が製造している目薬「α」に劇物が混入されるという事件が相次ぐ中、当の製薬会社員の変死体が那古野で発見される。二つの事件は何らかの関連性を持つのか、否か、そしてまた、事件を追う探偵・赤柳初朗はその背後に一体何を見いだすのか、というお話である。第6弾から一転して加部谷・海月コンビが話の中心に座っているのが最大の特徴。
ミステリとしてみれば、という話はもうしないことにしよう。取り敢えず他シリーズとの関係などが徐々に明らかになってきているこのシリーズだけれど、本書でもそれはごくごく小出しにされる。実のところ、このシリーズは基本的に学園ラヴ・コメディなんだと思い始めている。ちなみに、個人的にはソポクレース作『アンティゴネー』からの引用が作品のテーマと相俟ってとても興味深かった。以上。(2009/09/08)

佐藤友哉著『青酸クリームソーダ <鏡家サーガ>入門編』講談社ノベルス、2009.02

佐藤友哉による<鏡家サーガ>の長編第5作。主人公は鏡家三男の公彦。「入門編」という位置づけなのだが、2005年刊の『鏡姉妹の飛ぶ教室 <鏡家サーガ>例外編 』、本書、今のところ未完の『鏡姉妹の動物会議 <鏡家サーガ>本格編』の3作は、最終的に計7冊になるのではないかと思う(7人兄弟姉妹なので)既刊3冊の本編に対し、外伝を構成するものであるらしい。
物語の時間は2006年の初夏。「突き刺しジャック」事件が世を賑わす中、公彦は灰掛めじか(はいかけ・めじか)という少女による殺人現場に偶然立ち会ってしまう。次々に人を殺めていくめじかだが、公彦はその動機を一週間以内に探るように彼女から命じられ、やむを得ずそれを目指す。そして…、というお話。
めじかは徹頭徹尾いわゆるツンデレなのだけれど、それ自体を相対化するような描き方が何とも面白い。賞味期限の短いサブカルチャ・ネタを自覚的に戦略として用いるあたりは高橋源一郎の流れを汲んでいるとも言えるだろう。世界との関係を、暴力を介してしか築き得ないものを生み出してしまうようなこの時代の在りようとでもいうべきものを、うまい具合に活写した好編だと思う。以上。(2009/09/18)

二階堂黎人著『双面獣事件』講談社ノベルス、2007.12

双面獣、と打とうとして、「素麺」と変換されて思わず吹いたのだがそれはさておいて、と。本書は二階堂黎人による二階堂蘭子ものの一連の作品群に含まれる。ただ、『悪魔のラビリンス』から始まる「ラビリンス」ものは前作『魔術王事件』以降基本的に本格ミステリを目指しておらず、本書もその流れに沿う。
何しろ分厚い。参考文献頁までで752頁ある。大変重いのだけれど、結構な時間電車の中で読んでいた。それはさておき、物語の舞台は『魔術王事件』とは打って変わって南は鹿児島県。地図から消された島で起こった住民大殺戮事件、そこに見え隠れする恐るべき魔物=双面獣の正体とは何か?そしてまた、一連の事件の背後で暗躍するかに見えるラビリンスの目的は?そうした諸々の謎を解明すべく、南に飛んだ蘭子といつものメンバの運命やいかに、というお話である。
浦沢直樹が『20世紀少年』だの『PLUTO』を描いてしまった関係で(まあ、それだけではないんだが、そう書けば分かるでしょう。)、空想科学冒険物語はキッチュであってはならないと思われがちだった流れがちょっと途切れたと思うのだけれど、そういう時代の雰囲気を踏まえて徹頭徹尾とんでもなくキッチュな冒険活劇を目指しているのは、それでもなお凄い、と思う。何しろ怪光線ですよ、○移植ですよ(○は伏せ字)。
正直なところ、江戸川乱歩の時代に書かれていた怪奇ものとか冒険ものってこんな感じだよな、大変な時代復元力だよな、などと思いつつ、読了した次第。確かに今更、なのだが、敢えて今更これをやることには意味があると思う。そのことは、もう少し物語が進んだ時点でよりはっきりするだろう。以上。(2009/10/16)

森博嗣著『スカイ・イクリプス Sky Eclipse』中央公論新社C★NOVELS BIBLIOTHEQUE、2008.12(2008)

森博嗣による、劇場版長編アニメーションも作られた「スカイ・クロラ」シリーズの一冊。映画の公開に合わせたような時期=2008年6月に単行本が、そして12月に新書が、更に翌2月に文庫がそれぞれ出ている。これだけ刊行時期が近いと、どれを手に入れるかはほとんど趣味の問題。私自身はこのシリーズを全て新書版で持っているので、揃えることにした次第。
ところで、「スカイ・クロラ」シリーズの一冊、とは言ってもあれは長編5作で完結しているのでこれは拾遺的というか外伝的な短編集となっている。固有名詞が何とも大胆に省かれているので、「これって誰だっけ?」と思うことがしばしば。全編にわたってそんな感じだし、一つ一つの短編も、それぞれ自体で閉じたお話では全然なく、要するに本編を読んでいないとほぼ理解不能に近いので、ざっとで良いので読み返すことをお勧めする。ちなみに、ここを見ると、どの作品が誰の視点で語られ、誰が登場しているのかを手っ取り早く確認できる。
まあ、このシリーズは結局のところ、こうして外伝が書かれてもなおその実謎なまま放り出されていることは多いのも事実。ではあるのだが、そういうことも含めて、更には本書もまた体現していると思うこのシリーズが持つ何とも独特な浮遊感とかドライヴ感はやはり捨てがたいもので、シリーズを読み通した方はもちろん、これから読み通そうとされる方にとっても是非とも手に取らなければならない作品であろうと思った次第である。以上。(2009/10/20)