夢枕獏著『闇狩り師《新装版》』トクマ・ノベルズ、2009.07

身長2m、体重145kgの肉体派陰陽師・九十九乱蔵の活躍を描く「闇狩り師」シリーズの初期中短編を完全に網羅して収録した新装版である。1984年に「ミスター仙人九十九乱蔵」というサブ・タイトルをもったノベルズ版によってスタートしたこのシリーズ、その後初期の中短編は幾多の変遷を経て元々徳間デュアル文庫に三分冊で入っていたのだが、今回は未入手のシリーズ最新作『黄石公の犬』刊行を記念しての、新装版3連発一挙刊行の第1弾、として一冊にまとめられての刊行となった。
その後書かれる夢枕氏の代表作『陰陽師』とはかなり異なって、時代は現代だし、ランドクルーザを駆り、肩に猫又のシャモンを乗せた九十九乱蔵が徹頭徹尾派手なアクションを繰り広げる、いった趣向。しかしながら、東洋思想に造詣の深い同氏のことなので、悪さをしている妖怪や鬼の類についての蘊蓄、あるいは調伏法などの描写には、非常に感銘を受けた次第である。
この後、『蒼獣鬼』、『崑崙(くろん)の王』という二つの長編新装版が既に刊行されている。カヴァ・イラストは夢枕作品ではおなじみの寺田克也氏によっているのだが、本書巻末には夢枕X寺田対談などというものも収録されている。以上、参考まで。(2009/12/22)

貴志祐介著『新世界より』、2009.08(2008)

天才肌のエンターテインメント作家である貴志祐介が2008年初冬に完成させた大長編の新書版である。1,760枚の圧倒的なヴォリュームをもってなる誠に完全無欠なるエンターテインメント作品で、最早脱帽する他はない。
舞台は1,000年後の関東地方。主人公は思春期の少女・渡辺早季。その時代には「呪力」と呼ばれる念動力を持つに至っている人類は、今日とは全く異なる自然環境の中で、ある意味平和とも言える社会を構築して暮らしていた。しかし、早季とその仲間達がとある禁を破ったことにより、途方もない災厄が彼女らの住む街に降りかかることになる、というお話。後は読んでのお楽しみ、である。
『クリムゾンの迷宮』でみせたアドヴェンチャー・ゲーム的な方向性が若干ちらつくとは言え、これまで一作ごとに全く違うテイストの作品を作ってきたこの寡作作家は、ここでもまた新たな境地に挑み、そして成功している。
伝奇小説も、SFも、ファンタジィも、そしてそういうものだけではなく戦略シミュレーション・ゲームも、戦闘美少女系アニメも、と言った具合に、ありとあらゆる要素をギッシリと詰め込み、それでいて恐ろしく一貫性があり、更には全く読み飽きることのない波瀾万丈の展開までをも体現させた、取り敢えず近年のエンターテインメント作品としてはダントツでNo.1な作品、と申し上げておきたい。単行本で読むつもりが、あっという間に新書化されたこともありがたい。以上。(2010/01/18)

今野敏著『宇宙海兵隊 ギガース 5』講談社ノベルス、2008.05

『ギガース4』が2006年に出て、まだ文庫になっていないので新書を買って読んだのだけれど、この欄では紹介できていない。かいつまんで書いておくと、全6巻になるらしいので後半開幕の『4』ではいよいよラスボスらしき人物が登場。主人公リーナとジュピタリアンの統率者ヒミカとの接点が少しずつ明らかになっていく、という展開。
続くこの『5』だけれど、これも新書にて。話はいよいよクライマックスへ向けて急展開といったところ。木星圏に向けて連合の艦隊が進みつつある中、地球圏では様々な策謀がうずまき、更には前巻登場のラスボスらしき人物の目的、ジュピタリアンの行動指針、リーナとヒミカの関係なども徐々に明らかにされていく、といった内容。
地球から木星まで行くのにはえらく時間がかかるので、話の展開もそれに合わせてごくゆったりとしたものにならざるを得ない。まあ、それでも色々な事件が起きるし、新たに判明する事柄も多々あり、飽きさせないところはさすがに今野敏、である。ちなみに、この巻においては巻末に付録的な形で付けられた「絶対人間主義」に関するテクストが最も興味を引くものであった。以上。(2010/01/31)

歌野晶午著『密室殺人ゲーム2.0』講談社ノベルス、2009.08

既に紹介したこのシリーズの第1弾『密室殺人ゲーム王手飛車取り』が余りにも素晴らしいものだったので、早速新書を取り寄せた次第。続き物というかシリーズものは初期の「家」シリーズくらいしか書いていないのではないかと思う歌野晶午だが、これはそんな中でのある意味例外的な作品となっている。
基本的な趣向は第1弾と同じ。前作と同じく<頭狂人>、<044APD>、<aXe>、<ザンギャ君>、<伴道全教授>というウェブ上での名前を持つ5名が、各々が実行した殺人事件を互いに推理するというもの。但し、当然のことながら幾つかひねりは加えられている。一体どういうひねりなのかについては読んで頂く他はない。
さて、本書においてもアイディアの湧出は止まることを知らぬ勢い。密室トリック暴き、アリバイ崩しといった謎解きが、ややメタな構造の中で繰り広げられるのだが、その見事さと言ったら、である。恐らくは殺人者=謎解き役達の仲間という「ややメタな構造」を持っているところがこのシリーズの最重要点なのであり、その枠の中でどんなトリック(色々な意味での)が更に可能なのか、それを恐らくそれほど遠くない日に刊行される次巻において更に深く追求してくれるのだろう。大いに期待、である。以上。(2010/02/15)