高橋源一郎著『官能小説家』朝日新聞社、2002.02
ご存知、朝日新聞朝刊紙上に2000年9月から2001年6月にかけて連載された長編小説である。前著にあたる『日本文学盛衰史』の世界観を引き継いで、主要な登場人物である明治期の文豪達に現代と過去を往還させつつ、今日の性風俗その他を織り交ぜたパロディ&パスティーシュ・ノヴェルとなっている。
連載時から賛否両論があったことは既に作家自身が登場するという点で基本的にメタ・フィクションである本書の記述にも表われているのだけれど、まあ、それら、中でも特に特に下らないPTAその他の勘違い弾劾(本当にあったのかどうかは私には判断不可能である。)は置くとして、私個人としては、『盛衰史』などと比しても極めて良くまとまった、「恋愛小説」であると思われた次第。
そうそう、本書において高橋源一郎は、中学生のうちから「援助交際」に走り、やがては「デリヘル」・「ホテトル」(これらの語は本書には登場せず。)その他の風俗業界で働くことになる樋口夏子を官能小説家・「樋口一葉」として開花させる同性愛作家・半井桃水(読みは「なからいとうすい」。正しく変換されず。)の間の、師弟関係を超えた複雑な心理的葛藤劇、更にはそれと絡んで一葉と「明治生まれのAV男優」兼「官能小説家」としてデビュウを果たした森鴎外との出会い、劇愛、更にはその破局までを、巧みなプロット構成で描ききっているのである。
ここまでくると本書はタイトルや体裁に相反して、決して「官能小説」(私は特にそういうものを卑下しない。この点は高橋氏と同様。)などではなく、先にも述べた通りの、正しく「恋愛小説」の王道とも言えるものなのではないかとさえ思えてくるのである。更に言えば、極めて<良質>の「恋愛小説」とさえ言いうるものである。
まあ、ここで褒め称えたところで、効果は限られたものなのであり、結局のところ本書は『盛衰史』と同じく、さっぱり売れないことになるのだろうけれど、それはエンターテインメント作家ではない道を選んだ高橋氏の宿命でもある。本作品にも助演している夏目漱石と同じ病を患っていることを前著・本著で「告白」されている同氏だけれど、くれぐれも体に気を付けて(といっても、無理でしょうけれど…。)、今後とも「純文学」界の一翼を担って欲しいものだと思う。以上、ほとんど無意味な詰まらない激励を述べたところで、終わりにしよう。(2002/04/02)