地域的には尾張、四国、若狭等々へと話を拡げ、また前書が基本的にそうであったような、そこいらの小悪党などを懲らしめる、という比較的単純明快な勧善懲悪図式などではなく、どこぞの藩主や千代田のお堀に潜む黒幕の悪業とその複雑な淵源その他にまで言い及ぶことで、京極は、自らが江戸期を時代背景とする時代小説に敢えて持ち込んだ単純な勧善懲悪図式を超える視座を、更に先鋭化させることに成功していると思う。なお、この点に引きつけて言えば、ごく私的には、「悪とは制度あるいはシステムである。」というテーゼを明確に打ち出した第2篇「狐者異(こわい)」をもっとも興味深いものとして読んだ。
更にはまた、本書全体を貫く基本図式として通底する、正常と異常の境界、あるいはこちら側(「常民の世界」と言ってもいいだろう。)とあちら側(同じく「非常民の世界」。)の境界にこそ、妖怪変化が跳梁跋扈しうる領域があるのだ、というテーゼの見事な結晶化とその表出のありようは、人類学者・小松和彦の影響が濃厚な京極流妖怪小説の面目躍如とも言うべきものである。
蛇足ではあるが、本書は、とりわけ装幀が素晴らしい。少なくとも、カヴァー裏をこそ、きちんとと見ないといけません。ということで。(2001/07/29)