奥田英朗著『町長選挙』文春文庫、2009.03(2006)

岐阜県生まれの作家・奥田英朗(おくだ・ひでお)による、〈伊良部一郎〉シリーズの第3弾文庫版である。初出は2006年1月号までの『オール讀物』。結構スローなペースで書き継がれてきたこのシリーズ、実は2007年に1本上がって以降音沙汰がなくなっている。まさか投げた(笑)?
それは兎も角、計4本が収録されたこの巻でも異端の精神科医である伊良部一郎は絶好調。球団オーナー、IT長者、若作り女優、そして町長選挙(最早、人じゃなくなってるし…)を相手に、波乱万丈抱腹絶倒の活躍を見せる。
見事なドタバタぶりと、鋭すぎる人間洞察が同居する本当に素晴らしいシリーズだと思う。上に書いたように、どうも執筆は中断しているように思われるのだが、再開を望む。代表作を、ここで終わりにするのは勿体なさすぎるので。やや長編向きではないのかも知れないが、それもありかな、などと。
というか、2007年発表の短編をなんでこの文庫に入れなかったんだろう?今までと同じくちょうど5本になるのに、と思った。以上。(2009/03/21)

舞城王太郎著『好き好き大好き超愛してる。』講談社文庫、2008.06(2004)

早いもので今年も早4月に。このところ落ち気味だった読書ペースを上げつつ、評論・紹介ペースもそれを上回るくらい上げつつ、激動・波乱万丈の2009年度を突っ走りたいと考えている。ご期待あれ。
本書は2004年に単行本、2006年にノベルス版が出ていた舞城王太郎による中編ほどの規模を持つ作品。ちなみに、行間が大きな版組で187ページとなっている。その前の年にあの傑作『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞をとっていた舞城が、その勢いを止めることなく書き上げた語り手を男性=僕に据えた作品である。
その中身はと言えば、柿緒という名の既に死んでしまった恋人とその兄弟姉妹達との物語が綴られる「柿緒I」「柿緒II」「柿緒III」という三つの断章の前後に、職業小説家である語り手の僕が書いていると覚しき三つのファンタジィめいた小説断片「光」「佐々木妙子」「ニオモ」が置かれる、という構成。
要は、連作短編的なスタイルを持つ、そしてまたメタ・フィクショナルな構造を含んだ純文学作品であり、かつまた純度の高い恋愛小説にもなっている、という次第。他の作品群を考えると、この作家としてはやや異色な感もある佳品、と申し上げておこう。ここから舞城に、というのもあながち悪い選択ではないと思う。以上。(2009/04/01)

ジーン・ウルフ著 岡部宏之訳『新しい太陽の書 1 拷問者の影』ハヤカワ文庫、2008.04(1980→1986)

ジーン・ウルフ著 岡部宏之訳『新しい太陽の書 2 調停者の鉤爪』ハヤカワ文庫、2008.05(1981→1987)

ジーン・ウルフ著 岡部宏之訳『新しい太陽の書 3 警士の剣』ハヤカワ文庫、2008.06(1981→1987)

ジーン・ウルフ著 岡部宏之訳『新しい太陽の書 4 独裁者の城塞』ハヤカワ文庫、2008.07(1982→1988)

4冊まとめる。この4冊はアメリカの作家ジーン・ウルフ(Gene Wolfe)が1980年からの数年間に刊行した「新しい太陽の書」と呼ばれるシリーズを構成する一連の書物群である。そして、ハヤカワ文庫で既刊だった邦訳版が、この度あの小畑健によるカヴァー・イラストを伴う新装版となって再登場、という次第。
買いそびれ読みそびれていた私などにとってはこういう新装版刊行というのは誠にありがたいのだが、それもこれも、彼の代表作の一つである『ケルベロス第五の首』が2004年に邦訳され、さらには2006年に短編集『デス博士の島その他の物語』が出版されて(どちらも国書刊行会から)日本におけるこの作家の評価がいや増しに高まったことも影響しているのだろうけれど、次に紹介されるシリーズ完結編『新しい太陽のウールス』が原著刊行の1987年から21年の時を経てようやくその邦訳版が刊行の運びになったことによるものと思われる。
何しろ長大極まりない作品でもあり、更には膨大な情報を含んだ書物なので紹介するのは大変なのだが、ごくかいつまんで言えば、ある荒廃した惑星ウールスを舞台として、<拷問者組合>の一員として修行を積んできたセヴェリアンという若者が、組合の掟を破ったことにより放逐され、愛剣<テルミヌス・エスト>と共に各地を転々とすることに。そんな中で、世界復活の鍵を握る不思議な力を持つ魔石<調停者の鉤爪>を手にし、はたまた反逆者<ヴォルダス>、<独裁者>等々といった様々な人々との出会いや別れを経て、やがては世界の秘密と自分自身の運命を知ることになる、というお話である。
第1巻が世界幻想文学大賞、第2巻がネビュラ賞、第3巻がローカス賞、第4巻がジョン・W・キャンベル賞といった具合にファンタジィ、SF作品に与えられるめぼしい賞をとりまくったシリーズなのだけれど、ファンタジィあるいはSFとしての完成度やセンスとともに、文学的な実験性、あるいは構成力などにおいても20世紀終盤を代表する文学作品なのではないか、とさえ考えた次第である。付け加えるならその翻訳も見事なもので、この難解とも言える作品を見事に日本語に移し得ていると思う。
最後に、5冊目まで加えると確かに長大な、そしてまた晦渋な作品ではあるが、誰もが手にとるべきファンタジィの傑作である『ザ・ロード・オブ・ザ・リングス』あるいは『アースシー』シリーズといったものと同じく、一生に一度は読まれるべきもの、と申し上げておきたい。以上。(2009/04/22)

ジーン・ウルフ著 岡部宏之訳『新しい太陽のウールス』ハヤカワ文庫、2008.08(1987)

上に記した「新しい太陽の書」4部作の続編にして、これを含めて5巻からなる「ウールス・サイクル」の完結編である。上記4部作で一応一つの完結を迎えていたのだが、様々な謎を解き明かさないまま、そしてまたウールスやセヴェリアンの行く末を明示しなかったまま終わらせたため方々から「続き書いてよ。」とせがまれて書くことにしたんじゃないかと思う。
敢えてはっきりとした完結編を出したことについては賛否両論あるみたいなのだが、「否」と言う人達、要するに曖昧なものは曖昧なまま、謎は謎なままにして欲しいような人達はこれを読まなければ良いのだから、何の問題もないと思う。いやいや、書かれること自体が問題なのだ、と言われるかも知れないけれど。
さてさて、ここまで読み進めると、この一連の書物が、例えばP.K.ディックの『ヴァリス』を中心とする「ディック神学教典」とでも言うような書物群と同じような深さと拡がりを持つことが良く理解されてくる。その真の理解には実のところ膨大な神学・神話研究の蓄積を情報として持っていることが必須なのであり、とてもではないけれど一読者の手には余る。
そんなこともあって、『新しい太陽の書 4』解説に出ているように、Lexicon Urthus : A Dictionary for the Urth Cycleというタイトルの辞典の他各種の研究書が刊行されていたりする。私自身は時間その他が全くないのでそこまで深い理解を求めようとは思わないのだが、暇と英語力、そしてまた探求心に溢れる方は是非とも取り組んでいただきたい。真の深読みの果てには、甘美にして豊穣な世界が拡がっているはずなのである。以上。(2009/04/25)

アレステア・レナルズ著 中原尚哉訳『火星の長城』ハヤカワ文庫、2007.08(1997-2006)

ウェイルズ生まれの作家アレステア・レナルズ(Alastair Reynolds)による宇宙史シリーズである「レヴェレーション・スペース」シリーズに含まれる中・短編を収めた作品集の第1分冊。これに続く第2分冊『銀河北極』までで、オリジナルだと、Diamond Dogs, Turquoise Days(2002)という中編集と、Galactic North(2006)という短編集に収められている作品を全て網羅している。
こうして2分冊化された日本語版だと、要するに個々の作品を書かれた時期ではなく、宇宙史の年代順に並べ替えているのだけれど、これは読む方にしてみれば結構ありがたいもの。その作品の背景となっている時代区分が分かるのでスッと入っていけるのだ。また、この作品集に収められた小説群では、レナルズの現時点で翻訳されている長編3本『啓示空間』『カズムシティ』『量子真空』、その続きの未訳長編2本Absolution GapThe Prefectの背景にもなっている諸事件詳細が語られるので、誠に長編群読解のお供として欠かせない存在なのである。
さてさて、この第1分冊『火星の長城』には、『量子真空』の主役となるクラバインと、ガリアナおよびフェルカという重要な人物2名との邂逅が語られる表題作「火星の長城」と、同じメンバを登場させたミステリ・タッチの作品「氷河」、そしてサイバー・パンクっぽいサスペンス「エウロパのスパイ」、一応種族間恋愛ものということになるんだろう「ウェザー」、一見『CUBE』みたいなスリラ「ダイアモンドの犬」の5本が収められている。
クラバインもの以上に、後ろの2本の中編の出来が素晴らしい。中身について詳しく書くと興を削ぐのでこの辺にしておくけれど、「レヴェレーション・スペース」シリーズ未読の方は、取り敢えず「ウェザー」辺りからお読みいただきたいと思う。感動ものである。以上。(2009/04/30)

アレステア・レナルズ著 中原尚哉訳『銀河北極』ハヤカワ文庫、2007.12(1990-2006)

上記『火星の長城』に続く、「レヴェレーション・スペース」シリーズ中・短編集の第2分冊である。1990年の作家デビュウ3ヶ月後に発表された第2番目の作品にして「レヴェレーション・スペース」シリーズの記念すべき第1作でもある「時間膨張睡眠」、『RD 潜脳調査室』、もなのだけれど、それよりむしろS.レムの『ソラリス』を想起させる海洋系中編「ターコイズの日々」、フリークス系というかヘンテコ・クリーチャ系な「グラーフェンワルダーの奇獣園」、『バイオハザード』みたいな「ナイチンゲール」、ラン・セヴンやルモントワールが登場する壮大なスケールの宇宙追跡劇「銀河北極」の5編からなる。
どれも完成度の高い作品ばかりなのだが、個人的には「ターコイズの日々」がお気に入り。もう一つ挙げるとすると「ナイチンゲール」。第1巻のお気に入り作品と合わせて考えるとやはり路線が似てしまうのは私の趣味が偏っていることを端的に物語るのだろう。その辺り、読んで頂ければご確認出来ると思う。この次は、いよいよ第3長編『量子真空』の紹介である。(2009/05/02)

アレステア・レナルズ著 中原尚哉訳『量子真空』ハヤカワ文庫、2008.08(2002)

アレステア・レナルズによる「レヴェレーション・スペース」もの長編第3弾にして、第1長編『啓示空間』の直接的な続編にあたるこれまた大長編。文庫で約1,200頁ある。書店でも圧倒的な存在感を誇示しているのでご確認を。原タイトルはRedemption Arkで、このタイトルから『旧約聖書』を連想する方は正しい。
主人公は「火星の長城」にも登場したクラバイン。『啓示空間』で起こった出来事により、太陽系発祥の知的生命体=人類の存在を察知した「インヒビター」と呼ばれることになる機械生命がその殲滅を画策する中、これに対抗すべく、これも『啓示空間』に登場した<秘匿兵器>を巡って<連接脳派>(下記参照)の中心人物スケイドと、そこから離脱することになったクラバイン、更には『啓示空間』の登場人物であったボリョーワやクーリ等が入り乱れて繰り広げる「宇宙活劇」といった趣向のお話である。
どうにもこうにも、物凄く長いのだけれど、翻訳が良いのと、話のテンポが良いのでサクサク読める。きちんと背景設定をしている、というか、行き当たりばったりではなくしっかりと土台を考えた上でお話を組み立ているのが良く分かる作品で、感心してしまう。数多くの登場人物をきちんと書き分け、そういったことにも現われているような、かなり複雑な物語ながらそう思わせない工夫を随所に凝らした見事な構成を持つ小説であり、続編が早く読みたい、と思わせる傑作である、と述べておこう。以上。(2009/05/07)
【補足】上で出てきた言葉について説明を。「レヴェレーション・スペース」シリーズでは、人類が三つに分化した未来が想定されている。その三つとは<連接脳派>、<ウルトラ族>、<無政府民主主義者>。宇宙活動上の必要性から身体改造を推し進めた結果として出てくるのが<ウルトラ族>で、脳の処理能力を高めネットワーク化を推し進めたのが<連接脳派>、そしてその中間が<無政府民主主義者>ということになる。詳しくは『火星の長城』の512-513頁辺りをご覧頂きたい。

マイク・レズニック著 月岡小穂訳『スターシップ ―反乱―』ハヤカワ文庫、2009.04(2005)

このところSFばっかり読んでいるように見えるだろうけれど、実際そうなのである。何気に良い作品が多いのも確かで、ひょっとして第何次かのブームじゃないかなどと密かに思っていたりもする。それは兎も角。
本書は以前にどこかで紹介している傑作『キリンヤガ』を書いたマイク・レズニック(Mike Resnick)が2005年から開始した「スターシップ」シリーズの巻頭を飾る作品である。この著者の一連の作品は概ね<バースライト・ユニヴァース>というシリーズに入っているのだが、その一部の中の、更に1篇、ということになる。
時は銀河暦1966年(ちなみに銀河暦元年は西暦2908年)。有能極まりないにもかかわらずその独断専行振りが災いして辺境宙域に左遷され、老朽艦<セオドア・ルーズベルト>に第2副長として着任した主人公ウィルソン・コール中佐は、そんな境遇にもめげずにあくまでも自らの信念をもって行動するという方針を曲げない。そんなことから彼は、人類を含む勢力とそれと敵対する勢力間の争いの一部をなすある事件に巻き込まれて、更にはそれをよりこじれたものにしていくのだった、というようなお話。
まあ、所謂ミリタリィSFなのだが基本的にコメディ・タッチでササッと読める。『宇宙船レッド・ドワーフ号』などを想起されたい。既に4冊ある続編も割と早く翻訳されるんじゃないかと思っている。いずれにしても、これを機に、この作家の殆ど絶版状態になっている邦訳作品が続々と復刊されることを祈っている。以上。(2009/05/12)

スタニスワフ・レム著 深見弾訳『宇宙飛行士ピルクスの物語』ハヤカワ文庫、2008.09(1971→1980)

数年前に物故したポーランドの作家スタニスワフ・レム(Stanislaw Lem)が1971年に発表した作品。1980年には早川書房からその邦訳が単行本で出ていたのだが、この度上下2分冊で文庫化された。下巻巻末によると、訳語も時代の移り変わりを踏襲してかなり改められているとのことである。
基本的にはそれほど遠くない未来の話。宇宙飛行士ピルクスを主人公に、その訓練時代から始まって、幾多の苦難を経て本格的に宇宙飛行に関わるようになり、やがては船長を任せられるようにもなり、という流れに沿って書かれた、各々独立したエピソードとなっている中短編9本からなる。
どの作品も、若い頃にサイバネティクスやシステム工学を研究していたこともある著者だけに、今日流行のエンジニア系SFの萌芽とも思えるような内容を持っている。あの時期にさりげなくテューリング・テストみたいな状況を持ち込んでいたり、と、当時としてはかなり先駆的な作品だったのではないか、と思う。まあ、この人がいなければ1970年代以降に開花した所謂ハードSFや今流行のエンジニア系SFも別の形をとっていただろう、とさえ思えるのだけれど。
最後になるけれど、ミステリ・タッチで、ユーモラス、そしてまた思弁に富むという、書かれてから40年近く経つのにかえって意味を増した感すらある誠に味わい深い作品集であり、これは真に偉大なSF作家レムの代表作の一つと言っても過言ではない。未読の方は是非お手にとって頂きたいと思う。以上。(2009/05/19)

山本弘著『アイの物語』角川文庫、2009.03(2006)

この欄で紹介しそびれたような気がする大傑作『神は沈黙せず』(角川文庫刊)の著者にしてあの「と学会」会長である山本弘による、タイトルの通り「アイ」=「A.I.」=「人工知能」をテーマとした7つの作品からなる連作中短編集である。
良く見直すと結構古い作品が入っていたりするので驚いてしまう。一番古いものが1997年発表の「ときめきの仮想空間(ヴァーチャル・スペース)」。この辺りだと、岡嶋二人風というか井上夢人っぽいテイストに満ちあふれているのだが、その後の発展振りが凄まじい。その辺りは是非実物でご確認の程。
とりわけ、第6話「詩音が来た日」が素晴らしい。介護ロボットものである。この夏その最新作『サマーウォーズ』が公開される細田守が帯で、「この話を映画にするにはどうすればいいか、ずっと考えている。」なんてことを述べているのだが、是非この話を、とか思ったりする。時代にもマッチしているし、これは大ヒットするはず。キャッチ・コピーは勿論例の決め台詞で。何だか分からない人は取り敢えずこの話だけでも読んで下さい。勿論、面白かったら是非頭から。
ちなみに本書は、連作短編集という体裁を持ちつつ、インターミッション8つとプロローグ・エピローグも合わせて大きな物語を構成している。頭から読み通してきた読者は、その終結部において、読書というものから得られることが可能な最大級のカタルシスを体験することになるだろう。以上。(2009/05/20)

首藤瓜於著『刑事の墓場』講談社文庫、2009.04(2006)

『脳男』(2000)、『指し手の顔 脳男II』(2007)などで知られる作家・首藤瓜於(しゅどう・うりお)による、2006年発表の長編文庫版である。文庫で450頁を超える、結構長い作品で、解説は香山二三郎が担当している。
警察組織からの落伍者たちを飼い殺しにしているとの噂もある動坂署=「刑事の墓場」が舞台。エリート街道から転落し、不貞腐れて署内で寝泊まりするようになった雨森は、たまたま聴取した些細な傷害事件の被害者である女子大生の部屋を訪ねて死体を発見してしまう。
開署以来初めて捜査本部が置かれることになり慌てふためく動坂署の面々。雨森に主導権を奪われまいと、ダメ署員たちは突如としてやる気を見せ始めるのだが…、というお話。
『脳男』とはかなりテイストが違う作品だけれど、ディテイルの作り込みや、アイディアの膨らませ方などに、豊かな才能の迸りを見ることができると思う。人間愛に満ちた、佳品である。以上。(2009/05/25)