研究活動の最近のブログ記事

白山人類学研究会12月定例研究会のお知らせが届いています。発表者は、なんと私です。これは行かないと行けませんね。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
白山人類学研究会 関係者各位

12月定例研究会のお知らせです。
下記の通り開催いたしますので、どうぞご参加ください。

●白山人類学研究会 12月例会

日時:2009年12月21日(月)18:30~20:00
場所:東洋大学白山校舎 5号館5401教室
(地下鉄東京メトロ南北線本駒込駅、または都営地下鉄三田線白山駅)

●発表題目:民俗芸能の伝承と地域社会 ―三重県鈴鹿市内の獅子舞伝承を事例として―

●発表者:平山眞(鶴舞看護専門学校)

●要旨:今回の報告においては、三重県鈴鹿市肥田(ひだ)町における獅子舞伝承を主な事例として取り上げ、その概略を示しつつ、20世紀後半からの大きな社会変動の中でのその変遷を辿り、地域社会と文化伝承の関係について考察を加える。
 鈴鹿市肥田町においては、同町に鎮座する宇気比(うきひ)神社の春秋例祭において、獅子舞が奉納される。これには現在、小学生から約50歳までの男性20数名からなる獅子舞保存会のメンバがあたっているのだが、その伝承は20世紀後半における産業構造の変化や人口流動といった社会変動の波を大きく被り、一時は途絶、その後復活はしたもののその存続を巡って議論が闘わされるなど、幾多の変遷を経てきている。ここでは、社会変動の中で幾度か廃絶の危機をくぐり抜けてきた獅子舞伝承が、何故に可能であったのかについて、そしてまたそこから何を読み取るべきなのかについて考えてみたい。
 ところで、報告者は、2007年3月から2008年9月までの約1年半の間同地に居住し、この地の住民の日々の営みを目の当たりにしてきた。また獅子舞保存会にも加入させていただき、獅子舞伝承の場である例祭前の2週間前後の練習に加わり、2008年の春秋例祭でも獅子舞を舞うという機会を得ることが出来た。今回提示されるデータは主として、こうした実体験や、保存会メンバからの聴き取りに基づいたものである。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

と、云う事で。

miyama_7years_20091123_01.jpg本日の夕刻、三山七年祭の幕張分が終了しました。皆様お疲れ様でした、という感じのお祭でした。兎に角拘束時間が長いですね。写真は、未明に幕張のマック横で行なわれていた磯出式の模様。この行事、基本的に安産を祈願するためのものであることもあり、そのクライマックスには子安神社の御輿前で稚児さんが蛤を交換するという秘儀が行なわれます。良く見えませんでしたが、秘儀なので見えないのが正しいのだと思います。

と、云う事で。

miyama_7years_20091122_01.jpgふう、昨夜から三山七年祭が始まってます。全体としては、幕張の子守(こまもり)神社が関わるところを見てます。というか、余りにも巨大な祭なのでそうやって見るところを絞らないと何も分からないのです。今はちょっと小休止中なので自宅に戻って一休み、それでこんな作業をしている訳です。取り敢えず、細かいところは後でまとめるとして、祭の中でもかなり重要な儀礼である昇殿の模様を載せておきます。

写っているのは、子守神社の御輿が祭の中心である三山の二宮神社境内に入っていくところです。これが本日の18時30分くらい。御輿は既にここから幕張に戻ってきておりまして、夜半からいよいよ磯出祭へとなだれ込みます。一通り終わるまでには、明日いっぱいかかる模様です。

と、云う事で。

20世紀最大の人類学者であるC.クロード・レヴィ=ストロース(Claude L&ecute;vi-Strauss)氏が、去る10月30日、逝去されました。享年100歳。

言わずと知れた大巨匠です。私の授業でも良く出てくる人です。そもそも私が人類学というものに足を踏み入れたのも、彼が書いた『悲しき熱帯』『野生の思考』『構造人類学』の3冊を読んだからに他なりません。構造主義からポスト構造主義へと動いた20世紀後半における思想界の源流を作った、と言って良いのだろうと思うのですが、いずれにせよとてつもない影響力を持った人類学者であるとともに、思想家でした。ご冥福をお祈り致します。

と、云う事で。

今朝ほどになりますが、久々に書いた論文を投稿しました。三重県内の山の神信仰についてやや社会学的な視点から論じたものです。刊行されれば来年の春には読めるようになります。今しばらくお待ち下さい。

今回は統計資料集めが大変でした。社会変動云々、とうたっておきながらちゃんと裏付けとらないのはまずいよね、ということです。そんな論文は多々ありますが、取り敢えず今回の私はちゃんとした積もりです。おかげで、国勢調査の限界なども良く分かりました。実のところ、私の研究スタイルは社会学にシフトしつつあります。

と、云う事で。

1-5 6-10 11-15 16-20 21-25 26-30 31-35 36-40 41-45 46-48