三重県鈴鹿市とその周辺の最近のブログ記事

下記に貼り付けましたのは、10月20日(日)に三重県津市、10月26日(土)に東京都渋谷区で行なわれるharmonia + ≪EST≫コンサートのチラシです。

注意点ですが、合同演奏の予定だった三宅悠太氏の委嘱初演曲については、事情によりキャンセル。2011年に創る会が委嘱した『祈る』を演奏することになっています。

私はどうするのか、ということになりますが、乗れるところは何とか乗る、という感じでスケジュールを組んでいます。

チケットなどをご所望の方は、取り敢えず私にご一報いただければと思います。ちなみに、キャパの関係で東京分が手に入りにくい、かも知れません。

と、云う事で。

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この連載もとうとう二桁に到達です。今回はイヴェントが少なくて、練習日誌ばっかりでしたけれど、それも間もなく終わってしまいますね。

出発まで残り2週間となった、7月8日の練習について、以下、簡単に振り返りましょう。

この日の練習はフランスで4回行なうことになる長いコンサートの全曲を最初からさらっていく、というものでした。

まずは前半の宗教曲ステージ。大きな曲から小さな曲まで、言語も、様式も、歌われることがらも様々ですが、兎に角隅々まで、細心の注意を払って演奏しないといけないな、と思いました。まだまだ粗いしです。前半の曲はコーラスマスタークラスで用いられる曲が大半ですので、更に深く、妥協のない仕上がりに向けて努力しなければなりません。ちなみに、暗譜出来ていない曲が幾つかありますが、そのことも含め、やることはまだまだたくさんあります。気が遠くなるくらい。

大曲「地上の平和」を挟みまして、後半は日本語曲を中心としたラインナップとなっています。「地上の平和」から後半のアンコール曲までの暗譜はこの日で一応完成。ここまで出来ても何度も譜読みを繰り返していかないといけない曲が何曲もあります。でも、前半の曲達よりは全体的に良く仕上がっているように思います。個人的には、取り敢えず、「原体剣舞連」のピッチをもっと正確にすること、「湯かむり唄」のパフォーマンスに慣れること、全体としてお客さんと向き合う姿勢をもっと出すこと、この辺が次週までに克服すべき課題となります。

さてさて、毎週日曜日の通常練習はこの日で終了。14-16には合宿が行なわれ、中日には試演会も催されることになっています。私自身は、この日までに全曲暗譜、が目標です。ただ、フォーレが最後まで残りそうですね。フランス語は別段苦手ではないのですが、何か覚えにくい、です。実際問題、「地上」や「原体」の方がテクスト長いんですけど、何でなんだろう。フランスに行くんだから、この曲は本当に大事に演奏したい、と思います。

残り時間はあとわずかですが、いつものように、出来ることは全部やる、でいきたいと考えております。何とぞ応援のほどよろしくお願い申し上げます。

と、云う事で。

鈴鹿から戻ってきました。今年は昨年とは打って変わって雲一つないお天気で、暑いくらいでした。そんな中、肥田町では秋の祭典が行なわれ、獅子舞の門舞い、神社での奉納舞いも無事終了。今回塗り直されてピカピカになった獅子頭が放つ輝きはなかなか見応えのあるものでしたね。総勢23名の保存会の皆様、ご苦労様でした。

以上、簡単ながらフィールドワーク報告でした。

と、云う事で。

この週末、といいますか明日は鈴鹿入りします。F1GPではなく、獅子舞の参与観察です。何気に来週社会学会でこれを題材とする発表となりますね。忙しい1週間になりそうです。

と、云う事で。

shishimai_inou_20090416_01.jpg昨日になりますが、鈴鹿市稲生(いのう)にある伊奈冨(いのう)神社で、3年に一度奉納される4体の獅子頭を用いた獅子舞奉納を見て参りました。動画を撮っていたので静止画はおろそかになってますが、その中の1枚です。なお、画面左側の樹木は既に葉桜となっている桜でございます(さりげなく「桜便り2009その10」、と)。

ところで、私は肥田町の獅子舞を旧玉垣村のものについて言えばそのほとんどを観ているわけですが、その中だけでも各々が結構違うことが分かっています。この度稲生のものを拝見して、改めて玉垣地区と稲生を比べると、お囃子に若干の共通点があるものの、舞についてはかなり異なる、そしてまたそもそも演目の構成自体が全く違う、ということが良く分かりました。ついでに言えば、四日市市に近い長太(なご)などとも大きく異なっています。こういう相違が何故に生じたか、というのは大問題ではないかと思うわけです。

ただ、今回やっている一連の民俗芸能研究ではそういうことを論じるつもりはありません。大事なことは稲生の獅子舞が基本的に世襲というシステムをとっている、あるいはとってきたということです。そうして、稲生に関しては、少子化・過疎化を背景として既に世襲ではまかなえなくなっていて、それをどう補完しているのか、という辺りが関心の中心であり、更にはそういうシステムと、そうではない肥田町のような相対的にオープンなシステムとで、伝承のありようにいかなる違いがあるのか、ということを、これからやっていく調査を通して論じようと考えています。何とぞご期待下さい。

まあ、取り敢えずはこれを逃すと次回は3年後になってしまう獅子舞奉納を実地で観ることが出来、映像資料を手許に残すことが出来たのは大きいですね。タイトなスケジュールだったんですが、ちょっと無理して行ってきたのは正解でした。

と、云う事で。

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